ひっそりと生きる、かけがえのない人たち
【とほん読書ノート012】
眠る前に読むために書かれたという24の短い物語。
ちょっと不思議な世界の片隅でひっそりと暮らす人たちが主人公です。
世界の果てのコインランドリーにひとり通い続ける男。
細い路地の奥で働く映画技師に自転車で食事を届ける少女。
どうしても鳴らないオルゴールを直そうとする青年。
世界中のあらゆるものを盗んできた三人の年老いた泥棒。
登場する人たちがどんな人で、どんな世界に暮らし、何を思っているのか、そんなことを紹介されて、物語がゆっくりと動きはじめ、さあ、ここから何かが始まるのだ、これからどうなるのだろうと思わせるシーンで、どのお話も終わります(青いインクの話だけ少し続きます)
とは言っても「続きが気になる!」「いったいどうなるんだ!」と思わせるものでもありません。それは、止まっていた時計が動き始めたような、もしくは、ずっと眠り続けていてもう目覚めないのかとハラハラしていた人の瞼がそっと開いたような安心感があります。
きっと、登場人物たちがあまりにも、ひっそりと生きているからでしょう。物語が動き始めたということだけで、なんだかホッとします。
短い物語をひとつ読み。動き始めた物語がどうなるか想像しながら、眠りにつく。うまくその続きの夢を見ることができたら幸せですね。
この短編集は掲載メディアの関係で「食」がテーマになっています。どの物語にもコーヒーやケーキやドーナツ、焼売などなど食べ物がでてきます。タイトルの「月とコーヒー」についてのあとがきが吉田篤弘さんらしく、吉田篤弘さんの世界観を愛するとほんとしても、まったくもって同感な文章なので引用いたします。
おそらく、この星で生きていくために必要なのは「月とコーヒー」ではなく「太陽とパン」の方なのでしょうが、この世から月とコーヒーがなくなってしまったら、なんと味気なくつまらないことでしょう。生きていくために必要なものではないかもしれないけど、日常を繰り返していくためになくてはならないもの、そうしたものが、皆、それぞれあるように思います。
とほんには月の本もコーヒーの本も置いています。「必要なものではないかもしれないけれど、なくてはならないもの。」そんな本を揃えていけたらなと思います。吉田篤弘さんの本はお店に入ってすぐのテーブル先頭に並んでいますのでぜひ。