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AIと他者性について考えてみた【読書ノート】「her」&「松岡まどか、起業します」

週末、Amazonで『her/世界でひとつの彼女』を見ていました。

そして、herを見る前、今月に入り『松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記』をAudibleで聞いていました。

2つの作品は、AIと人間との関係がテーマとなっていますが、気になったところを書き留めておきます。

◆「her」「松岡まどか、起業します」のあらすじ

2つの作品のあらすじについて、抜粋しておきます。

そう遠くない未来のロサンゼルス。ある日セオドアが最新のAI(人工知能)型OSを起動させると、画面の奥から明るい女性の声が聞こえる。彼女の名前はサマンサ。AIだけどユーモラスで、純真で、セクシーで、誰より人間らしい。セオドアとサマンサはすぐに仲良くなり、夜寝る前に会話をしたり、デートをしたり、旅行をしたり・・・・・・一緒に過ごす時間はお互いにとっていままでにないくらい新鮮で刺激的。ありえないはずの恋だったが、親友エイミーの後押しもあり、セオドアは恋人としてサマンサと真剣に向き合うことを決意。しかし感情的で繊細な彼女は彼を次第に翻弄するようになり、そして彼女のある計画により恋は予想外の展開へ――!“一人(セオドア)とひとつ(サマンサ)”の恋のゆくえは果たして――?(C)2013 Untitled Rick Howard Company LLC All Rights Reserved.

『her/世界でひとつの彼女』amazon 紹介ページより

日本有数の大企業・リクディード社のインターン生だった女子大生の松岡まどかはある日突然、内定の取り消しを言い渡される。さらに邪悪な起業スカウトに騙されて、1年以内に時価総額10億円の会社をスタートアップで作れなければ、自身が多額の借金を背負うことに。万策尽きたかに思われたが、リクディード社で彼女の教育役だった三戸部歩が松岡へ協力を申し出る。実は松岡にはAI技術の稀有な才能があり、三戸部はその才覚が業界を変革することに賭けたのだった――たったふたりから幕を開ける、AIスタートアップお仕事小説!

『松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記』amazon 紹介ページより

どちらのストーリーも、人間とAIの会話が、物語の鍵となっています。

人生において、自分のことを本当に理解してくれる人に、何人出会うことができるのか?

もう少し手前の段階として、

人生において、自分の話しに真剣に耳を傾けてくれる人に、何人出会うことができるのか?

そして、
自分にとっての「その人」は、AIにとって代わることは出来るのか?

個人的には、この2つの作品で感じた問いは、このようなものでした。

◆他者から得られる存在意義

人は、その性質上、誰かに必要とされないと生きていけないように感じています。

集団を力として生存してきた人類としての性なのでしょう。

誰かに必要とされているという「生きている意味」=「存在意義」が消失した中で生きていくことは、相当にタフな人でないと難しいのではないでしょうか。

この時、重要になることが、「必要とされる」すなわち自身の「存在意義」は、自分でコントロールできず、他者があって成立するもの、というところです。

自身の「存在意義」は他者が規定するからこそ、私たちは、例え傷つくとしても、外の世界と繋がりを持とうとします。

AIの存在が、この他者の代替となるとすれば、そのAIは、他者として、世界から独立した存在である必要があるのではないでしょうか。

◆コントロールできる他者

この2つの作品に出てくるAI(人工知能)は、
「コントロールできない他者」
として主人公に向き合います。

ここが興味深いところです。

・主人公の言う事を聞かない。
・主人公の思い通りにならない。
・AIが、独立した存在として特定の生きている人と紐づいていない

この設定があることで、物語の中で、AIをより人間らしく感じることができます。

でも、AIが、誰か、特定の生存している人にコントロールされている存在であるとすれば、

また、自分自身にコントロールできる存在としてAIが存在するとすれば、

すなわち、
AIが「コントロールできる他者」であるとすれば、

私たちにとって、AIは陳腐な存在として、生きている他者の代替と感じることはないでしょう。

◆AIと他者性

「her」「起業します」で描かれる世界。

ウェアラブルデバイスを携帯し、
常に自身を取り巻く情報をAIが取り込みながら、
AIが、自身のための仕事の意思決定のサポートや情緒的なケアをしてくれる。

このような世界には、孤独から逃れられるという点で憧れがあります。

しかしながら、
AIが「自身にとっての他者」として、
独立した、不可侵の、コントロールされていない存在として、あることが条件となります。

そのようなAIは、本質的に自身にとっての「人としての他者」とどう異なるかという答えは出せないのではないでしょうか。

なぜならそのようなAIは、「他者」と同意になるからです。

しかし、
AIが独立した不可侵のコントロールされる存在ではなく、誰か(製造元)にコントロールされている存在であるとすれば、それは誰かによるAIを介した自身の支配となりますし、

自身が完全にコントロールできるAIと付き合うとすれば、自身がAIを道具として操作しているだけです。

いずれの場合も、AIから本質的な存在意義を人は獲得することができないでしょうし、孤独を埋めることはできません。

『her』の中でも、AIにとっての自身の代替可能性が、AIと自身との関係性を壊していく描写があります。

双方にとって、代替可能性が失われた時、私たちは、他者性を感じなくなる。

これは、観測可能な事実の問題ではなく、人の意識の問題であり、もしかしたら、時代の変化の中で変容していくのかもしれません。

また、組織と個人においても、代替可能性の消失について、似たような問題が横たわっています。

AIと他者性、面白いテーマです。


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穿つ@組織コンサルタント
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