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【日本酒記 その一】豊盃 緑風荘にて

 前回の記事までは、座敷わらし伝説で有名な緑風荘での記録を紹介した。しかし、最初の投稿でもご挨拶したように、私のサイト名が「怪異を訪ねる。歴史を踏みしめる。」 ~オカルトのち酒と肴~であるため、番外編として私が食した酒と肴についての想い出も不定期で綴っていきたい。そこで今回は、手始めにこれまでの流れを踏まえて緑風荘での夕食をご紹介する。

 緑風荘には宿泊プランがいくつかあり、私が選択したのは「料理控えめプラン 夕食のみ」である。その名の通り、スタンダードメニューから数品少なくしたプランで、小食の人には丁度良い。私は小食というわけでもないのだが、「旅館の食事は大体、張り切ってボリューム満点になりがちだから、残すのは申し訳ない」との経験則からこのプランを選んだ。後述するが、結果的に、この判断は適切だった。

戴いたチラシ。※価格は二〇二〇年当時のもの。変動あり。

 入浴を終えた後、一旦、部屋に戻りのんびりしてから、夕食会場へ向かう。夕食は枠内で都合の良い時間を指定できるが、私は七時に指定していた。会場に入ると、既に家族連れの他の宿泊客もおり、指定された各席がいくつか埋まっていた。広間には小上がりとテーブル席があり、一人の私は畳の肌触りが気持ち良い小上がりに案内された。座敷わらしに逢いに来たのだから、座敷を感じるにはテーブル席よりこちらの方が雰囲気が出て良いではないか。そんなことを感じつつ席に着くと、既に木目の美しいテーブルに割り箸が置かれている。しばらくすると、係員が飲み物の注文を取りに来た。右脇に立て掛けられたメニュー表を開くと、「日本酒」の文字が目に入る。東北の日本酒贔屓である私だが、正直に言うと、緑風荘は居酒屋ではない為に日本酒を呑むという発想はすっ飛んでいた。ここは岩手の地酒で攻めてみるか。そう思ったが、メニューを眺めていくと青森県の地酒「豊盃」があることに気付いた。未だに吞んだことがない。当時住んでいた横浜や地元の大阪では滅多に御目に掛かれない酒だ。豊盃を御燗で戴くことにした。

 ほんの少しの間が空くと、豪勢な料理が次々と運ばれてきた。準備万端であったのだろう。同時に、横に広い灰色の徳利に入った豊盃と、ぐい吞みよりは少し小さめの御猪口が並べられた。

料理控えめコース。
豊盃の御燗。

 あまりにも彩り美しい料理の数々に思わず、「これで料理控えめコースなんですか?」と配膳をされた方に聞いてしまうほどであった。聞くところによると、さらに、これから焼き物などが追加で運ばれてくるというから恐れ入った。ということはつまり、スタンダードコースはこれより品数が多いということだ。私にはこれぐらいで丁度良い。

 さて、豊盃を一口。無色透明だ。香りはさほど鋭くない。林檎の甘さが匂いと味に感じると定評があるが、確かにそのようだ。しかし、甘さ一辺倒ではなく、鋭さの中に微かな甘さがある。男らしさの中に脆さがチラッと垣間見えるような感覚だ。御燗でも舌への強烈な締め付けなどはなく程良い。温度が丁度良いからだろうか。
 残念ながら、緑風荘は居酒屋ではないので瓶を机に置いてラベルを見せてくださるようなことはないが、当然である。お忙しいだろうに、見せて頂くお願いは控えたが、係員の方は皆、真摯で丁寧である。ひょっとしたら、お願いしたら見せてもらえたかもしれないが。そんなわけで、豊盃のラベルの写真などは撮ってはいない。まずは初回投稿の日本酒記シリーズということで、小手調べということで御了承頂きたい。
 豊盃は通年商品も季節限定種も数多くあるので、ご興味のある方は是非、三浦酒造様のホームページを見てラベルを拝んでみては如何だろうか。タイトル画像は拝借した。(商品一覧 | 三浦酒造 (houhai.co.jp)

 さて、料理の味はどうか。まず刺身。盛り合わせの中でも目を惹く刺身がある。見た目で何かわからなかった私は、係員の女性に正体を尋ねた。

「鯉のお刺身でございます」

  驚いた。鯉を食べたことは記憶の限りで一度もない。生臭いイメージがしてしまうが、如何に。
 これが食感が良く嫌な臭いもない。まったく魚として受け入れられる味だ。また新しい味を覚えることができた。
 後に調べてみると、魚をすぐに捌いて冷水で締める「あらい」という料理、またその方法があるらしい。刺身よりも鮮度を重視するわけだ。鯉でよく施されるようだが、今回の刺身がそのあらいだったかどうかはわからない。だが鮮度抜群で美味しかった。

焼き物の鮎。手前は刺身盛り合わせで海老の下が鯉。

 ここで豊盃をまた一口。少し温度が下がって穏やかに、円やかになった豊盃も良い。温度によって顔を変える日本酒はミル・マスカラスのようだ。
 それは置いておいて、そうこうするうちに鮎の塩焼きが運ばれてきた。綺麗な河が流れる東北の焼き魚は美味い。分かりきってはいることだか、ゆっくりと腹に箸を落とす。パリッと皮が弾ける音がする。これだけで丁度良い焼き加減だとわかる。そして一口。ホクホクの身に塩加減がバランス良く、先に並べられた比較的穏やかな料理との緩急に口が騒ぐ。提供されるタイミングに天晴れ。さらに豊盃をもう一杯。酒が進む。こんな調子で、ほろ良い(酔い)気分になっていった。

 料理控えめプランだったが、それでもボリューム満点の食事を堪能できた。私の満足度はスタンダード以上だ。期待を良い意味で大きく裏切る、緑風荘の食事は嘘つきさんだった。新鮮で幅広い小料理がいくつも楽しめるコースを体感できたのは久しぶりだ。また、次があれば、是非、お世話になりたい。そんなことを想い、座敷わらし検証に戻った。

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