みんなに優しくなってほしいと思ったからポッドキャストを始めたって言ったらやっぱりクサいかな
去年始めて、ほぼ毎週更新してるFMもなかという海外とか異文化をテーマに主に協力隊の隊員の現地生活をインタビューっぽく雑談するポッドキャストが1周年を迎えた。
毎週更新なので、365÷7=約52週/1年=エピソード52で1年。実はちょくちょく休んでたりするから(先週含む)、ぜったい毎週更新してるわけじゃないけれど、この間さらりとエピソード54くらいまで収録した。
日本や欧米含む39ヵ国にリスナーがいて(たぶんその大半は協力隊員だったんだろうなと思う)、Apple podcast, Spotify, noteなど各プラットフォーム全部合わせて毎回250~300回くらい再生されている。人気回で500~600くらい。
YouTubeの再生回数表示に慣れているから、うーん…って思うんだけど、冷静に、例えばホールに300人くらいの人たちの前で話すとか、オンラインイベントで300人集めるとかの規模感とか難易度とかと比べると、なかなか頑張っている方では?と思わなくもない。
ポッドキャストを始めたぼく個人の動機としては、いろんな国のいろんな社会課題や現場の取り組みを知りたいと思ったのと、活動のヒントも欲しいし、自分のモチベーションアップとか、いろんな思惑があった。まあまあ想像通りにはなったと思う。
で、ポッドキャストの内容ってほんとに隊員通しがカフェで雑談してるようか感じなんだけれど、これにはいろいろ狙いがある。できているかどうかは別として。
まず、美談は聞かない。
そんなことはJICAの公式でやってくれと。ぼくはお金ももらえないのに、よく知らない他人のただの自慢話をふむふむ聴けるほど人間できていないし、針小棒大に誇張してるんじゃね?ただのラッキーじゃね?再現性なくね?って思ってしまう。
もう少し丁寧にいうと、JICAの○○さん、国際機関の○○さん、協力隊の○○さんとかいう肩書付きで、よそいきの言葉で公式発表的な話を聞きたいのではなく、一個人として、一人の人間として、途上国で、たった1人で、異文化の中で外国人として、いろんな理不尽に巻き込まれたり、弱音を吐いたり、抗おうとした話が聞きたいわけです。だから、ゆるい雰囲気でやってるし、そうなるように誘導しようとしてきた。できているかどうかは別として。
それは、リスナー(ひょっとしたら協力隊にこれから参加しようとしている人もいるかもしれない)と協力隊として活動している人たちとの間に、特別な差なんてない同じ人間で、いろんなしょうもないことに悩んでるし、アホなこともしてる。だから、あなたにもできるよ、というぼくたち運営側からのサブリミナルなメッセージだ。
そして、「ゆるい」にはもう少し、きちんとした理由がある。
このポッドキャストが想定しているリスナーのターゲットはけっこう広くとっている。国際協力や協力隊に興味ある人だけではなく、「海外旅行とか異文化に興味がある人」ともうひとつ大きな枠組みにしている。
これはもちろん、ぼくたちが第一人者と言えるほどの専門性がなかったりその仕事をしてないということもあるけれど(コネがないからそういう方々をゲストに迎えることができないというオトナの事情もある)、ぼくが思う日本の社会課題を解決したいという思いもある。
ぼくたちがポッドキャストの中で取り上げてきたのは、それぞれの国の文化の紹介や、各々の活動、オフの日の過ごし方など。うまくやっている人もいれば、友達いなくて基本引きこもっています、現地の友達つくるの難しくて…みたいな人もいる。
これ、日本に住んでる外国人にも当てはまる。彼らも日本という異文化の中でなんとかうまいことやろうと頑張っている。
ご存知の方も多いかもしれないけれど、今年、新宿区で新成人になった若者の45%は外国籍、つまりは外国人なのだ。そうでなくても、コンビニや居酒屋の店員、介護施設や病院の看護師までいろんなところで外国人が働いている。それが良いか悪いかのレベルの話ではなく、もうそういう時代になっている。
ぼくは、どういうわけか日本で外国人と知り合う機会が多かったのだけど、みんな決まって日本人の友達つくるの難しくね?と言う。昨日話した日本語は「いらっしゃいませ」と「温めますか」だけだったという人もいた。たまたまなのかもしれないけれど、せっかく日本に来たんだったら楽しんでくれたまえよ、っていうのがぼくのスタンスなのでこれはなかなかいただけない。
ぼくでいいなら友達にはなれるけれど、さすがに日本全国はカバーしきれない。
けれど、リスナーの人に周りの外国人みんなと友達になってほしいとまでは言わない。お節介かもしれないから。
ただ、優しく接してあげて欲しいなと思う。困ってそうだったら「どこに行きたいんですか」と声をかけてあげるとか、接客してくれたら「ありがとう」と言うとかその程度の小さいことで良いから。
ぼくたちのポッドキャストのリスナーであれば、その程度のことがどれだけそれを受けた当人にとっては印象的なことになるかはわかると思う。
小さいことだけれど、かなり晴れやかな気持ちになる。それだけで、今日は良い日だったなと思える。ほんとうに。
昔、アメリカで起業している古賀さんという方が想像力が欲しいという趣旨のブログを書いていた。
誰しも自分の想像できる範囲でしか判断できない。だから、自分が想像できないことをされると、「相手が非常識だからだ」としか説明することができない。それはもうしょうがない事じゃないかと思う。
想像力というのは、力です。だから鍛えなければ得られないし、人によって実力が違う。その実力が想像できる世界・視野の広さを規定している。実力の及ばない、想像できない世界の存在など見えもしない。そこの世界に住む人の気持ちなんて当然わからない。そんなもんでしょう。
多くの人は、全盲の人がなぜ電車に乗らねばならないのかも、ベビーカーの人がなぜいつも子供をだっこできないのかも、なぜ満員電車を常に避けることができないのかもわからない。車いすに乗っていない人にとって段差など何の意味もない。鬱病になったことのない人に正論でがんばれという事の残酷さはわからない。ゲイじゃない人にそもそもなんでゲイが同姓を愛してしまうのかもわからない。わからないことを自分の常識で分析すると非常識だと思ってしまうのは、善悪の問題ではなく、どうにもならない実力の問題だと思う
まさに、ぼくたちがこのポッドキャストを通して伝えたいこともこれで、リスナーのみなさんには大変おこがましいのだけど、想像力を持ってほしいなと思っている。(もちろんいろんなことに興味を持ってもらいたいとも)
エピソードの47、48なんていうのは上記の言葉通り、日本在住の台湾人の友人をゲストに招いて、日本で日本語を使って生活するのはどうであるのかということを語ってもらっている。
そんなわけで、いろんなことに想像力を持ってもらいたい、いろんな考え方に触れて欲しい、いろんなエピソードを気軽に聴いてほしいという思いもあって、「ゆるい」内容で、ポッドキャストを聴く心理的ハードルを下げようとしている。
まじめに、ちゃんと勉強しようと改まった気持ちで、このポッドキャストを聴いてもらうのは大変ありがたいんだけれど、それはけっこう精神力を消耗することなんじゃないかと思ったりする。
お笑い番組やバラエティーならいつでも疲れていようが観ることができるけれど、TEDや講演録、ドキュメンタリーなどしっかり観ないといけないようなコンテンツは、観ないといけない(観た方が良い)とわかっていつつ、ついつい先延ばしにてそのままになっている…みたいなことってけっこうあるんじゃないかと。(ぼくは大いにある)
だから、ハードルを限りなく下げたい。
ながら聴きができるような、けっこう笑えるような、なんにも考えてなくても聴けて、それでいて、知らず知らずのうちにいろんなことに詳しくなっていたりする、そんなコンテンツを理想としていて、それには「ゆるさ」が必要なんじゃないかとぼくたちは見ている。(それに、きちっとしてない分、いろんなことをざっくばらんに話せて、実は脱線した話の方がおもしろかったりする)
長々といろいろ語ってきたけれど、そういう大義名分という名の建前の下、これからも好奇心の続く限り好き勝手いろんな話を聞いて、うそかほんとかわからない怪しい話をしていきたいと思う。
ゲストはいつでも募集しているので、ぼくたちと話してみたいというもの好きな方がいれば自薦他薦問わないのでぜひ! 準レギュラーを狙っている人もぜひ!
あとオフ会もしたい!…たぶん行かんけど。
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