坂本誠志郎が秘める熱さと、常に備える冷静さと【10/18 対カープ戦○】
"普通"にやれた試合で、あの場面の坂本誠志郎だけが"普通ではなかった"。
5回の裏、1アウトから坂本誠志郎が死球で出塁する。カウント2ボール2ストライクからの5球目。打ちにいこうとした坂本の右腕にボールが直撃した。坂本は一塁に向かって少し歩いてから、手に持っていたバットを強く放った。打席でこんな感じの振る舞いをする坂本を僕はほとんど見たことがなかったから、少し驚いた。
メディアのニュースでは「温厚な坂本が怒りをあらわにした」みたいな風に書かれていた。けれど、坂本が温厚かと言われたら僕は別にそんなことはないと思っている。守りの重要な場面で抑えきったときは右手でガッツポーズをするし、バッターとしてタイムリーを打てばベンチに向かって力強くほえることもある。試合に対する熱い気持ちは、ほかの選手と同じように持っている。
だからこの日の死球も、単にムカッとしたからという理由だけではないのではと想像した。
試合は1点を先制されるも、森下翔太のホームランですぐ同点に追いついた。直後の守りも無失点で、5回の攻撃はこのあとの試合展開を左右する大事な場面だったことは間違いない。それもヒットや四球とはまた違う空気になる死球での出塁。試合が動きそうな雰囲気を感じ取ったから、あえて分かりやすくバットを放りなげたのではないだろうか。
坂本自身がこのプレーについて多くを語ろうとしなかったので、真意は分からない。ただ結果としてタイガースベンチの士気は上がり、カープバッテリーには動揺が広がった。続く木浪聖也はヒットでチャンスを広げ、ピッチャーの村上頌樹には勝ち越し打が飛び出した。近本光司はリードを広げるタイムリーを放ち、この回あっという間に3点を奪った。たった1つの死球が試合の展開を大きく変えてしまった。
5回に奪ったリードを守ったまま、試合は9回の守りを迎えた。マウンドにはクローザーの岩崎優。先頭打者をヒットで出すも、変わらぬ落ち着きようで2アウトを取った。あと1人を抑えればタイガースの勝利、というところで坂本が球審にタイムを要求した。点差も比較的余裕があるしそこまで警戒すべき場面でもないが、きっとバッテリーは最後のアウトを確実に取ることの重みを理解していたと思う。たとえ長打が出たとしても失うのは1点。だがもし点を取られたら「このCSファイナルは岩崎が来ればチャンスがある」と相手側に思わせてしまう。始まって早々の試合でこの印象を持たれたら、せっかく引き寄せたこの短期決戦の主導権を手放しかねない。
その怖さを理解しているからこそ、坂本は最後の確認作業を怠らなかった。このキャッチャーが敵じゃなくて、本当に良かった。
9回2アウト。岩崎のラストボールが相手打者の外角低めに決まり、坂本が強く拳を握った。
最後にまた、彼の持つ熱さが再び顔をのぞかせた。