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植田がスタートしている【9/23 対ジャイアンツ戦●】

首位ジャイアンツとの第1ラウンドに勝利したことで、この日の重みは一層増したといってもいい。甲子園球場に向かうまでの道のりでは、前の日以上にお客さんの気合いがビリビリと感じられた。

だが試合は無得点のまま最終回へ。ジャイアンツは当然のように守護神の大勢を送り込んだ。中盤に失った1点が重くのしかかっている。2アウト走者無しで代打・糸原健斗の打球はピッチャーの前へ。万事休す……のように思えたが打球は大勢を強襲し、内野安打になった。打球の勢いなんて関係ない。同点のランナーが出塁したことに、甲子園は大きく湧いた。


この状況で「あの選手」が出てくることが瞬時に分かったのは、僕がタイガースファンだからか、はたまたあの選手をひときわ応援しているからなのか。とにかく、糸原が塁に出た瞬間にはもう、僕は青色の応援タオルを手にしていた。

「ファーストランナー糸原に代わりまして、植田」

甲子園のアナウンスが、植田海の登場を告げた。


1塁を守る岡本和真と植田は同い年だ。一言二言、会話を交わしてリードを取る。塁上でプレッシャーをかけるのも、代走の仕事だ。

(あっ、走った)

植田がスタートを切った瞬間、甲子園がどよめいたはずなのだが、あまり覚えていない。植田が走り出した瞬間から、動くものすべてがスローモーションに見えた。セーフになればチャンス拡大、アウトになればその瞬間ゲームセットだ。この瞬間、試合の行方は植田に委ねられたと言っても過言ではないだろう。

植田がセカンドベースに滑り込んで、塁審の梅木謙一が手を横に広げた。セーフだ。

だがすかさず3塁ベンチの阿部慎之助監督がリクエストを要求する。判定の再検証が行われることになった。盗塁を仕掛けた植田と、ジャイアンツの二遊間を守る吉川尚輝・門脇誠がセカンドベース付近で待機している。

リプレイ検証が行われて判定が出るまでの時間が、今まで1番長く感じられた。もしアウトだったら試合が終わってしまう。それに植田に対してどんな声が飛ぶか……。考えるだけで怖くなった。それなのに、僕は待つことしかできない。

審判が出てきた。再び、腕をゆっくり横に広げた。
判定は変わらなかった。
絶対に失敗できない状況で、植田の盗塁は成功した。

植田の盗塁で、2013年のWBCを思い出した。今でも名勝負と語られる対台湾戦。最終回2アウトの1点ビハインド。鳥谷敬が盗塁を成功させてチャンスを広げた。
そう、この日と全く同じだ。あの日の驚きと興奮は今でも記憶している。

ピッチャーへの内野安打が、一気に勝ち越しのチャンスへ。終盤の盗塁はそれだけ価値がある。その代わり、失敗になったときの代償はあまりにも大きい。だからこそ失敗は許されないし、ほとんどの選手は盗塁を仕掛けることができない。

続くバッターは空振りの三振に打ち取られ、植田は2塁ベース上でゲームセットを迎えた。
だけど植田の盗塁は、たとえどんな状況でも勝つためなら何でもする。これからのタイガースの覚悟の表れのように思えたんだ。

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