彼女がエスパーだったころ|感想・レビュー ★3.5
読了したので感想です。
まえがき
氏の作品は、
『超動く家にて』
『偶然の聖地』
『盤上の夜』
『エクソダス症候群』
『ヨハネスブルグの天使たち』
に続いて6冊目です。
氏の代表作とされるものは、だいたい読み終えた形になるでしょうか。
うち、後半の4冊についてはレビュー記事を書いています。
短くまとめると
スプーン曲げなどの疑似科学(超常現象)を題材にした、6編の短編から構成されるSF短編小説。
著者らしいアイディアや洞察・哲学がしっかりと含まれており、SF・ミステリ要素がエンタメを作り上げているが、著者の他作品と比べるといささか見劣りする。
著者の作品の中では、読みやすく仕上がっている短編集であるのは事実だが、ややどっちつかずといった印象も感じ、著者の入門書としては勧めづらい。
感想
著者の作品を読みまくっていることから察せられるとおり、私は完全に宮内悠介氏のファンになっているわけですが、本作は氏の作品の中では初めてイマイチだと感じてしまいました。
本作は、以下の6編から構成されます。
百匹目の火神
彼女がエスパーだったころ
ムイシュキンの脳髄
水神計画
薄ければ薄いほど
沸点
いずれも疑似科学を題材に扱っており、その着眼点やそれを物語にしてしまえる力、著者らしい洞察・哲学は流石だと思ったのですが、氏の他作品からすると切れ味や筆力が劣ると感じてしまいました。
*
私は『盤上の夜』で、氏の筆力に圧倒されました。
それまで読んだ2作品でも筆力はすごいと思っていたのですが、『盤上の夜』、『エクソダス症候群』、『ヨハネスブルグの天使たち』の3作品は圧巻の一言で、並の作家にはとても生み出せない文章だと思いました。あらためて、一般的なエンタメ小説とは次元が違う作品だと感じます。
そのようなわけで、本作もかなり期待して読んだのですが、残念ながら氏の筆力から生み出された文章とは思えない完成度であった、というのが私が正直に感じたことです。そこには純文学的な美しさも、緻密な描写も、脳内に直接入力されるような滑らかな文の運びもありませんでした。
念の為に断っておくと、あくまで”氏の他作品に比べれば”、という意味合いであって、他の作家に比べればそれでも筆力は高いと思いますし、氏の持ち味である洞察や哲学といった描写はしっかり残っています。エンタメ的でもあり、多くの人が読みやすい内容に仕上がっているとも感じます。
文庫の帯には”代表作にして入門書”と謳われていますが、むしろ全作品を読破したいファン向けの作品という立ち位置がふさわしいのではないかと思います。少なくともファンの1人としては、この作品だけを読んで、氏の作品を評価してほしくないと感じます。
あとがき
本作を読み終えて、ふと思い出した一節があります。
これは、J.D.サリンジャーの名作『ライ麦畑でつかまえて』からの一節でが、個人的に世の真理をついた名言だと思っています。
私自身、エンジニアをしていた頃も、上達すればするほど、いかに”うまくやりたい”という気持ちを抑えることができるかが重要になってきたように感じます。趣味でショートショートや短編を書いていても、やはり同様のことを感じることがあります(とくに推敲時)。
本作からはそのような空気を感じてしまいました。もちろん私の勘違いであるかもしれませんが。
私は業界に詳しくありませんが、プロ作家となると完全に自由には書けなくなり、作家の本来の持ち味が生かされないことも多いのではないかと想像したりします。
氏の筆力は本物だと思うので、これからも氏らしい作品を生み出していってほしいと思います。
―了―
P.S.
辛口なレビューになってしまったのは、直前に読んだのが『ヨハネスブルグの天使たち』だったという要因も大きいかもしれません。
個人的に、世界中に翻訳されて読まれるべき名作だと思っています。
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