偶然の聖地|感想・レビュー(★4.0)|普通の小説に飽きている方へオススメしたい1冊
読了したので感想です。
読む前
私は『超動く家にて』というSF短編小説から著者を知りました。
書店で見かけて気になって購入したのですが、面白いSF短編がたっぷり詰まっていて、気分で買った小説としてはかなり当たりでした。そして、本作を読んだときに”この作家は本当に筆力のある人だ!”と感じました。
個人的に”筆力”と”面白い物語を考える能力”は全く異なるスキルであると考えています。
例えば、日本で一番有名な作家といえば東野圭吾氏(*1)に他ならないと思いますが、個人的に筆力が高いとは思っていません(低いとも思っていませんが)。
最近の作品は読んでいないので分かりませんが、昔の作品などを読むと”出版社の校正を通したのにこんなに読みづらい文章なのか!”と驚かされる作品もあります。
いや、物語は面白いんですけどね……まぁ、何かが優れていることを示すために他の何かを貶めるのはアンチパターン(*2)なのでこれくらいにしておきましょう。
とにかく、宮内悠介氏は本当に筆力がある作家だと私は感じたわけです。
*1: ミステリ好きをイラっとさせる手法の1つに「あ、私もミステリ好きだよ。東野圭吾とかでしょ」と言うテクニックがあるとかないとか。
*2: 避けるべきパターンのこと。
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小説とエッセイの中間のようなもの
さて、本作は雑誌の出版社から「小説とエッセイの中間のようなもの」という依頼に基づいて書かれた連載小説(*3)で、それが1冊の文庫として出版されたものです。
そのためか、すごく独特なテイストの小説作品に仕上がっています……全体としてはSF小説に位置づけられるものの、エッセイ的な雰囲気もある……なんだか読んでいて大変不思議な作品でした。
*3 『IN POCKET』という雑誌で連載されたようです。
*
大量の注釈
そして本書のもう1つの特徴が大量の注釈です。
本書は全体で360ページほどの分量ですが、なんと321個の注釈がつけられています。しかも、それがいい加減……といっては失礼なのですが、もう本当に自由につけられている感じでした。
いくつか抜粋してみます。
こんな感じで、真面目な注釈から著者の体験、一種のユーモアのようなものまで、これでもかというほど大量の注釈が用意されています。
最初こそ、物語として読みすすめる際に邪魔ではないかと思ったのですが、これがどうしてなかなか面白く、不思議と本筋の邪魔にならないため、途中から注釈も一緒に読みすすめるスタイルになりました。
この大量の注釈(*4)こそがエッセイ的なテイストを与えていると感じます。小説を読み進めていろいろな知識が得られるというのは、『ガダラの豚』と似ているかも知れません。
*4: 筆者によるあとがきによれば『なんとなく、クリスタル』という小説に前例があるようです。
*
物語としても面白い
それではエッセイ的な雰囲気を楽しむ書物なのかと思えば、これがどうしてSF小説としてもすごく面白いのです。
本書のあらすじを引用してみます。
なんだかよく分かりませんが面白そうですよね。いや、実際に面白いのですね……これが。とても連載小説として、(ある意味では)いきあたりばったりで書かれた物語とは思えません。
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エンジニアはさらに楽しめる
あらすじに”デバッグ”という用語が出てきて察した人もいるかもしれませんが、本作はソフトウェア開発に関するものが素材として物語に組み込まれています。
もちろんエンジニアでなくても楽しめるように書かれていますが、エンジニアであればさらに楽しめることは間違いないかと思います。
いくつか注釈を引用してみます。
エンジニアの方は思わずニヤリとしてしまうような内容でしょう。
コンピュータサイエンスの深い知識が取り入れられた作品としては『すべてがFになる』が有名ですが、本書の内容は明らかにそれを超えて専門用語がぶち込まれています。
それでも、(おそらく)非エンジニアの人でも雰囲気で読めるように仕上がっているのはさすがの筆力だと思います。
*
読んでみて欲しい!
そんな感じで、『偶然の聖地』の感想・レビューでした。
★4.0という高い評価をつけていることからも察せられるように、個人的にかなりオススメしたい小説です(私の中で★4.0以上のものは「面白いから読んどけ!」みたいな空気です)。
先述したような大量の注釈にあふれている小説なので、作られた世界観にどっぷり浸かるようなタイプの作品ではないですが、本当に独特のテイストの小説なので、普通の小説に飽きている人は是非とも読んでほしいと思う1冊です。
本書の帯には、こう書かれています。
個人的に、大傑作かどうかはさておき、奇書(*5)には違いないと思いました。それだけ他にあまり類を見ない小説だと思います。
*5: 奇書といえば”日本三大奇書”に含まれる『ドグラ・マグラ』が思い浮かびますが、個人的には『白と黒のとびら』を挙げたいです。
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あとがき
本作を読んだことで、宮内悠介氏の小説を今後も読み続けるという決心がつきました。
―了―
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