学び直して、学ばされ -歴史講座における「流れ」と「知識」の葛藤
怒涛の8ヶ月は、何気ない雑談から始まった。
1年ほど前、とあるオンラインイベントで簡単な自己紹介(歴史学を専攻していた塾講師)をしたら、あれよあれよと話が進み、〈高校教科書レベルの日本史・世界史を学び直す〉という大層な講座を企画することになった。『歴史寺子屋』と銘打ち、近現代史部分に絞って日本史・世界史計11回、足掛け8ヶ月の講座をなんとか完走した(参加者の方が書いてくださったイベントレポートに、企画の概要や参加した感想が端的かつ示唆深くまとめられている。執筆ありがとうございます)。
講座の参加者層は「歴史を学び直したい気持ちはあるが、教科書を読み直すのは気が重い人」に設定した。教科書や類する学び直し本(※1)を一人で読破できる人は、それらの本で得た知識を基に新書や一般書などで学びを進めていける。そうでない人は、きっと暗記の量に圧倒されて挫折したのだろう。だからこの講座では、近現代史の概要をつかめるように「流れ重視、暗記事項少なめ」の内容にし、学び直しのきっかけにしてもらおう。企画段階では、そんな構想をしていた。
(※1)例えば山川出版社は、日本史、世界史、倫理、政治・経済の分野について、自社の高校教科書を基にした「もう一度読むシリーズ」を刊行している。
「流れ」に重きを置いた講義なら、細かい「知識」はあまり挙げず、抽象化すればよい。準備はさほど大変ではないだろう、と高をくくっていた。しかしその予測は裏切られ、毎回の講義を準備する度に「流れ」と「知識」の間で葛藤することとなった。
学校の数ある教科・科目の中で「歴史」は不人気の常連である。嫌われる要因として「暗記科目」であることがよく挙げられる。歴史上の様々な出来事、そのことが起こった年号(ときに元号)、関連する人物。過去の話である分、心の距離も遠くなる。ローマ帝国の五賢帝を召喚呪文のように唱えたり(※2)、明治時代の首相を頭文字でつなげたり(※3)と、青春時代の「一夜漬け」を思い起こす方もいるだろう。
(※2)古代ローマ帝国全盛期の皇帝5人は「五賢帝」と呼ばれる。年代順に、ネルヴァ、トラヤヌス(帝国の領域が最大に)、ハドリアヌス(壁を築く)、アントニヌス=ピウス(帝国史上最も平和な時代)、マルクス=アウレリウス=アントニヌス(哲学者でもあり、中国の王朝へ使者を派遣した)。5番目を覚えられれば、大概の人名は怖くない。
(※3)明治時代の首相を組閣順に名字の頭文字で並べると、「イクヤマイマイオヤイカサカサ」となる。同じ文字が複数あるのは、伊藤博文など、複数回首相を務めた人物が多いことによる。
歴史科目を苦手とする学習者へはよく、その分野を得意とする先生や学友から、「流れを理解しよう」という助言がなされる。知識を一つひとつプチプチを潰すように暗記するのではなく、因果関係や同時代性などで結びつけ整理する学習法である。「流れ」を自ら見出すのもおっくうならば、書店には「わかりやすい」参考書や学習マンガが並んでいる。
「知識」よりも「流れ」を重んじるアプローチは一見正しく、世間からの支持を集めやすい。しかし歴史事象を講じることにおいて、「流れ」と「知識」の関係はそう単純ではない。
「流れ」のアプローチとはすなわち抽象化、構造化である。日本史の「安土・桃山時代の文化」を例にとれば、「強い経済力をもつ大名や商人が担い手となった、豪華絢爛な文化」のように「抽象化・構造化」する。
一方「知識」のアプローチとは事象や人物の個別化、具体化である。同じ例をとれば、「姫路城」やその外見を表す別名「白鷺城」、絵師の「狩野永徳」やその代表作「唐獅子図屏風」、といった名詞を「個別化・具体化」する。
この2つは学習内容を身につけるうえで対義的なアプローチである。どちらの極にも、それぞれの罠がある。
「知識」の極がもつ負の側面は想像しやすいだろう。「暗記」が苦痛になることだ。先ほど例に挙げた文化史は特に、作者と創作物の羅列になりがちであり、歴史科目の中でもでも忌み嫌われる分野である。教科書に載っている知識が多すぎるから、歴史科目の勉強が「暗記」になってしまう。その言説は放課後の愚痴に留まらず、有志の研究会による提言にまでなった(※4)。
(※4)3年ほど前、高校や大学の教員を中心とする研究会により、歴史教科書に載せる用語の削減案が出されたことは記憶に新しい。「教科書から坂本龍馬が消える」といった例を記憶されている方もいるだろう。(「高校の歴史用語で削減案 暗記偏重の是正は妥当だ」『毎日新聞』2018年1月28日)
では「流れ」の極がもつ負の側面は何か。「知識が身につかない」ことである。
「抽象化・構造化」という理解の仕方は、その対象となる「個別化・具体化」された「知識」があって初めて成り立つ。引き続き「安土・桃山時代の文化」の例で述べれば、「強い経済力をもつ大名や商人が担い手となった、豪華絢爛な文化」という「流れ」は、「白鷺城」の(およそ戦争向きではない)白い城壁、豪快な画風や金色の背景が目立つ「唐獅子図屏風」といった「知識」のインプットがあってはじめて「理解」できる。
逆に言えば、「知識」を「抽象化・構造化」するという段取りをすっ飛ばし、「流れ」を表す一節の説明だけを並べても、抽象的な概念用語が並んでいるだけだ。その先には「流れ」を「暗記」するという、本末転倒な事態が待っている。
「抽象化・構造化」すること、あるいは「わかりやすく」すること。それは「知識」を伝わりやすく整理することであると同時に、「流れ」に沿わない事柄を切り捨てる作業でもある。
無数の歴史事象から教科書に載せる「知識」を選び、その中からさらに講義で話す「流れ」を選ぶ。何を選び、何を捨てるか。その取捨選択には当然、執筆者や授業者の「価値」が入り込む。「流れ」が概念用語の「暗記」と化す罠を避け、「物語」(story)としての色合いをもつためには、「知識」もとい地名や人名で血と肉を与えることが必要だ。
しかし「知識」を増やしすぎれば、定期試験や受験などの目標もないなかで「暗記」を強いることになる。それでは「成人学習」の場に値しない。政治・外交、社会・経済、文化といった分野、ヨーロッパ・アメリカ、アジア、アフリカ、オセアニアなどの地域の間で、分量にもメリハリをつける必要がある。
成人向けの、しかもプライベートの時間でする講義という「自由」な場なのに、いや「自由」だからこそ、「流れ」と「知識」の間で長く葛藤を抱えた。結局は、講義のペースや本業の忙しさなどを言い訳に、重視する分野・地域の軸を決めるという技巧で妥協せざるを得なかった。当然その軸には、私自身の「価値」が入り込んでいる。
日々の暮らしを忙しく送るなかで、私たちはつい「わかりやすい」言葉を求め、本来は複雑なものを上澄みだけで分かった気になってしまう。しかし「わかりやすい」言説は、発される過程であまりに多くのものを削り落としている。「流れ」と「知識」の葛藤は、知を学ぶ者と伝える者が共に向き合い続けるべき命題だ。
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