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『ポーの一族』『マージナル』『バルバラ異界』……。天才SF漫画家・萩尾望都の作品に見る「老い」との向き合い方

【レビュアー/和久井香菜子

お正月に放送されたNHK「100分de萩尾望都」、見ましたか?

改めて萩尾先生の神っぷりがフィーチャーされ、嬉しかったです。紹介された作品、全部読み返してしまった。

ファンタジーからSF、バレエもの、日常の何気ない話と、ありとあらゆるジャンルを描く知識の広さと発想の豊かさは、中の人が7人くらいいるんじゃないかと思うほどですよね。それでいて、SFの伝統や科学技術への造詣がめちゃくちゃ深い。

人間ってこんなにもの知識を詰め込み、そこに妄想加えてものが考えられるものなんですかね、全身が脳みそでできているに違いありません。

そんな萩尾先生の作品の中から、今回は『ポーの一族』『マージナル』『バルバラ異界』の3作に焦点を当てて、科学との関係を見ていこうと思います。

人は必ず老いる。『ポーの一族』『マージナル』から

まずは1972年に連載が始まった『ポーの一族』

バンパネラの少年エドガーを主人公にした物語です。作品自体のレビューはこちらに詳しく書いたのでご参考までに。

不老不死のエドガーは少年の姿のまま、何百年も生き続けています。不老不死は完全にファンタジーの世界の話でした。

そして1985年から描かれた『マージナル』

西暦2999年、舞台は『北斗の拳』みたいな荒涼とした時代です。汚染された地球では女性が生まれなくなり、男ばかりの世界になっています。そして、世界で1人だけの女性、「マザ」だけが子どもを作ることができます。

人類は1人の女王蜂から大勢の子どもたちが生まれる蜂さながらの世界で、産まれた子どもたちは各村に配分されています。

汚染によって人間の寿命は35歳程度になり、30代に入ると急激に老いてしまう。しかし地球人すべての母であるマザは誰よりも長く生き続けています。と言ってもせいぜい70年。儀式の時以外はコールドスリープによって眠らされ、老いを遅らせているのです。

『マージナル』で描かれた世界では、人類は宇宙に旅立っており、広く太陽系の惑星やその衛星で暮らしています。

地球にだけ、一般市民に科学の知識が与えられていません。しかし脳みそが頭蓋骨から転がり出ちゃうような大けがをすると、「センター」に連れていかれ、高度な医療技術を受けることができます。

こうした科学や医学の発展した世界で、なぜか「老い」だけが駆逐できていないのです。ある意図を持ってマザの老化を止めなかったとも考えられますが、そうした記述は作中にはありません。

「老化」の捉え方が変化した2000年代

現実社会で老化の研究が本格的に始まったのは、恐らく90年代に入ってからです。そしてこの20年で、「老い」に対する考え方は大きく変わりました。

長く生きていれば必ず訪れるもの、老いの症状は避けられないものという考え方から、「老いは病」という考えに変わりつつあります。

風邪を引かないようにする、高血圧にならないようにするといった病気の予防と同じように、老いは「しかたのないもの」から「避けることができるもの」になってきています。

老化の原因はほぼ突き止められ、サーチュインmTORAMPKといった長寿遺伝子も発見されています。

あとは研究を積み重ね、確実に老化の症状を駆逐するだけ。実際にサーチュインを働かせるNMNはアンチエイジングサプリとして市販されています。1カ月分10万円とかしますけど。

老いた臓器はクローン技術で複製し、移植する。そうして人間の寿命は250歳ほどになるという説もあります。

老いて寝たきりになって生きるのではなく、若々しく、健康なままです。私はそれなら近未来には80歳になっても出産が可能になるだろうと思っています。それ言うと間違いなく笑われますが。事実、NMNには卵巣機能を蘇らせる作用があるようです。

2000年代に描かれた『バルバラ異界』での「老い」

こうした状況の中、2002年から連載された『バルバラ異界』では、科学の力によって限定的にではありますが登場人物が若返るシーンがあります。

舞台は近未来の日本。両親が心中した後眠り続ける少女が見ている夢の世界バルバラ。

主人公の渡会時夫(わたらい・ときお)は、このバルバラに侵入することになりますが、調べていくうちに、だんだんとその成り立ちに周囲の人たちが関わっていたことがわかってきます。バラバラに進行していた物語がどんどんとひとつの束にまとまっていく様子は、圧巻です。

萩尾先生の作品に登場する科学技術は決して『ドラえもん』的な空想の産物ではなく、かなり具体的に技術の根拠が語られます。

例えば『A−A’』では火星のテラフォーミングについて具体的にその構想が説明されます。

萩尾先生のSFでは科学技術と超能力がいつも混在していて、科学で難しそうなことは超常現象として語られます。

『バルバラ異界』でも「若返り」を超能力で語ることもできたはずですが、科学の効力として語られます。若返ることが科学の力で可能なのだという実感を持って描かれているのでしょう。

それでも、今の科学や医学で考えられているアンチエイジングとは、少し考え方が異なるようにも思えます。作中では老いを追い払えるのは瞬間的で、恒久的に「老いない」わけではありません。

しかしこの作品が発表された2003年は、まだ老化研究がそれほど有名ではなかった。そんな時代に、萩尾先生は「科学で老いを駆逐する」可能性をすでに知っていたのではないでしょうか。

『ポーの一族』から48年、『マージナル』から25年。

「老い」に対する感覚は大きく変わってきました。萩尾先生が次にSFを描くとき、「老い」がどう描かれるのかが楽しみです。

参考文献:
「LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界」(デビッド・A・シンクレア/マシュー・D・ラプラント/ 梶山あゆみ (翻訳)/東洋経済新報社)
「人類の未来 AI、経済、民主主義」(ノーム・チョムスキー/レイ・カーツワイル/マーティン・ウルフ/ビャルケ・インゲルス/フリーマン・ダイソン/吉成 真由美 (編集)/NHK出版)