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知的・発達障害のある子どもとプログラミング教育

 2020年度は、小学校だけでなく、特別支援学校の小学部に在籍する子どもたちにとっても同様に「プログラミング教育元年」です。ここでは、知的・発達障害のある子どもにとってのプログラミング教育について書いてみます。

1.学習指導要領と特別支援学校での実施に向けて

 2017年4月28日告示の「特別支援学校(小学部・中学部)学習指導要領」では、小学部においては「児童がプログラミングを体験しながら、コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考力を身につけるための学習活動」を計画的に実施することが求められています。これを受け、2020年度より、小学校と同様に、特別支援学校の小学部段階においてもプログラミング教育は取り組むべきことと位置付けられました。

 小学校におけるプログラミング教育については、文部科学省などの公的機関より示されたガイドラインをはじめ、具体的な解説や実践事例を紹介した書籍が多数刊行されています。それに比べると、特別支援を要する子どもたちに対するプログラミング教育に関するものは多くはありません。

 2017年度に総務省により行われた「障害のある児童を対象としたプログラミング教育の実証事業」では、全国で10件の事業が採択されており、その報告書はインターネット上で見ることができます。しかし、特に知的障害や発達障害のある子どもを対象とした、さらには特別支援学校の小学部での実践の報告は、2020年となった今日でも、専門雑誌やネット記事においても、まだまだ多くはありません。

2.全国調査から見えること

 筆者は、科学研究費補助金(JSPS科研費18K02816)を受け、2019年2月時点での知的障害特別支援学校小学部におけるプログラミング教育の実施状況についての全国調査を実施しました。調査票を送付した479校のうち、回答のあった151校におけるプログラミング教育の実施状況について見てみましょう。(詳しくは以下の論文参照)

水内豊和(2019)知的障害特別支援学校小学部におけるプログラミング教育の実施状況と課題.富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センター紀要,14,141-145.
https://toyama.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=17501&item_no=1&page_id=32&block_id=36

 まず、プログラミング教育をすでに実施している学校は、「すべての学級で実施」と「一部の学級で実施」を合わせても6校(3.9%)にとどまり、ほとんどの学校(123校;81.5%)では「実施していない」・「実施の予定はない」と回答しました。

 未実施の主な理由としてもっとも多かったのは「教師の側の知識やスキルが足りない」というものでした。なお「その他」の回答には「プログラミング教育より他に優先すべきことがある」、「身近に先行事例がなく必要性やメリットが感じられない」、「タブレット使用は児童には刺激が強く、注意集中をより困難にする」などの意見も見られました。

 プログラミング教育をする上で教師の感じる困難を尋ねたところ、「プログラミングに対する教師の意識の低さ、知識・スキルの低さ」のような教師側の課題がまずあげられました。また「知的障害のある児童がプログラミング教育を行うことの意義がわからない、容易ではない」という子ども側への課題も見られました。さらには「教育課程にどう位置付けるか」という点も課題としてあがりました。

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 教師の考えるプログラミング教育に必要な条件について尋ねたところ、大きくは「プログラミング教育に詳しい教師の配置」、またそれに伴う「教師研修や指導事例の普及」といった指導する教師側の資質向上があげられました。またネットワークインフラ、ハード、ソフト・アプリなど「プログラミング教育を行う上での物理的環境整備」をあげる人も多くいました。さらには先述同様、「プログラミング教育を教育課程にいかに位置づけるか」ということもやはり重要な条件として考える先生の意見が多くみられました。また、そもそも、知的障害特別支援学校の小学部の段階においてプログラミング教育を行うことに対して、「論理的思考ができる発達段階に達している児童はほとんどいないためメリットは見出せない」とする意見も少なからずみられました。

3.知的障害の特性とプログラミング教育のメリット

 このように課題は多数あるものの、一方で、先生方は知的障害特別支援学校においてプログラミング教育を実施することで知的障害のある児童生徒の得られる教育的恩恵についても考えておられることもわかりました。
 まず、プログラミング教育のねらいとする、論理的思考を習得するとともに問題解決能力や試行錯誤する力を習得できると捉えています。
 またそのプロセスにおいて児童生徒自身が適切な作業手順を考えることができ、効率よく行動できることや、そうした思考様式を生活面などで生かせる(例えばサンドイッチを作るときに「パンを並べる」「バターを塗る」「マスタードを塗る」などの活動内容を課題分析する力がつき、視覚的にもわかりやすくすることで1人でもできる)ことをあげる意見も見られました。見通しを持って生活できることは知的障害のある児童生徒にとってとても大切なことであり、プログラミング教育により、自分のこの先に起こることを自己決定するという力を身につけるためにも、その見通しを育てていく観点で有効である、という意見に代表されるように知的障害という特性に合っているという考えも見られました。また、情報活用能力が問われる現在、プログラミング教育を通してICTスキルを習熟できることもメリットであるという認識も見られました。さらには、プログラミング教育に用いるハードやソフトなどが魅力的であり、児童生徒の興味関心を惹きつけやすいという意見もありました。 

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 筆者が2017年度より毎年、大学の公開講座として行なっている「親子で楽しむプログラミング教室」においても、知的障害や発達障害のある子どもが受講していますが、その子どもたちの課題遂行成績は、定型発達の子どもと同等かそれ以上に優秀であると感じることも少なくありません。また、プログラミング教育を通して、論理的思考だけでなく、関連する認知的側面、コミュニケーションや社会性などの発達においても有効な側面があることは、筆者らの実践(文献リスト参照)からも明らかになってきています。

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4.特別支援教育 × プログラミング教育

 私たちが、2017年度から本格的に、知的障害のある子どもたちに対してプログラミング教育やプログラミング活動を実施してきた中で、とても大切なことが確認できました。それは、やみくもに試行錯誤するだけで論理的に考えることにはつながりにくいということは、特に知的障害のある児童生徒におけるプログラミング教育において留意すべきことであるという点です。筆者が2017年度に総務省プログラミング教育実証研究において小学校の特別支援学級において自閉症スペクトラム障害や知的障害のある子どもたちにプログラミング教育を行った際、思考を可視化するためのアナログの支援ツールを多数準備しました。つまり、「プログラミング教育」である前に、当たり前ですがまずはやはり「特別支援教育」だということです。したがって、個々の子どもの実態把握に基づき、教科・領域における学習内容の目標の達成のための学習活動の一環としてプログラミングを取り入れた教育をどのように織り込んでいくのかが、これから実施をされる先生方には求められていると言えるでしょう。

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5.知的・発達障害のある子どものプログラミング教育の事例集

 先の全国調査の時点では、プログラミング教育はまだほとんどの学校が実施していなかったものの、回答した教師は、プログラミング教育のメリットとして論理的思考や問題解決能力の習得、そこから作業の効率化を図ることができるようになること、学習内容が児童の興味関心に合っているといったことを期待しています。その一方で、教師のほとんどがプログラミング教育の実施に必要な条件としてハードやソフトの整備を求めています。しかし、学習指導要領に示される本来のねらいを達成するためには、アンプラグドな学習内容でも構いません。
 このように必ずしもハードやソフトが一人ずつになくても、またそもそもコンピュータを用いなくても実施できる事例を含め、先生方が参考にできるようなプログラミング教育の先行事例が早急に示される必要を鑑み、2020年3月に、全国の28の実践事例を収録させていただいた以下の書籍を刊行しました。

『新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子のプログラミング教育実践』
 監修者:金森克浩(日本福祉大学)
 編著者:水内豊和(富山大学)
 著 者:海老沢穣(東京都立石神井特別支援学校)
     齋藤大地(前東京学芸大学附属特別支援学校・現宇都宮大学)
     山崎智仁(富山大学人間発達科学部附属特別支援学校)
ジアース教育新社 ISBNコード ISBN978-4-86371-534-9

 個々の児童生徒によって能力差が大きい知的障害のある子どもを対象とする知的障害特別支援学校において、プログラミング教育は一様ではありません。この書が、小学部から高等部まで、教科・領域等において、多様なプログラミングツールを用いて、教育活動を考える上での現時点での一つの指針として先生方のお役に立てれば幸いです。

6.知的・発達障害のある子どものプログラミング教育のさらなる発展に向けて

 2020年5月現在、日本でも学校休校を余儀なくされてきたコロナ禍においてそのスタートこそ遅れたものの、プログラミング教育元年として、全国の先生方が、ICTを教育活動により積極的に活用したり、プログラミング教育を、教科・領域等の学びにどのように活かしていくかを考えはじめておられます。
 そして、このたび、「誰かの実践を見て参考にしたり、自分の実践を紹介して意見をもらったり、アイデアや疑問を共有したりする場が欲しい」という、先の調査に見られた先生方の声から、Facebookに情報交換グループを作成しました。

【Facebook グループ】
『新時代を生きる力を育む✊ 知的障害・発達障害のある子どものICT活用とプログラミング教育を実践しよう!🏫』

2020年度から、特別支援学校の小学部でも開始されるプログラミング教育。
先行事例の少ない中、ぜひみなさんの実践を情報交換しましょう!
今考えているアイデア、使いやすいツールの解説や選定のポイント、児童生徒に応じた支援の工夫など、どんどん共有しましょう!

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 一応現状では「非公開グループ」にしていますが、これは秘密裏にクローズにしたいという意味ではありません。
 むしろ、プログラミング教育についてやる気のある先生方同士が、気兼ねなく積極的にコミュニケーションする場を保障したいという意図です。今後グループ内での書き込みや、オンラインでのイベントなどで授業実践についての内容を発信したりする際、不特定多数の方から、確実に児童生徒やご家族等の個人情報を守りたいという意図もあります。
 参加できる方は、基本的には、(1)特別支援教育に携わる学校の先生、(2)その他このテーマに関係があり、管理者・モデレータが認めた方(実践に関係する研究者・共同できる開発者など)、に参加いただけるグループとします。したがって、単に関心がある人、当事者・ご家族の方、営利目的の方はご遠慮いただいています。
 ぜひ多くの、特別支援教育に携わる学校の先生方に、ご参加いただけますと幸いです。

謝辞・附記

 本記事は、ここでも紹介している拙著『新時代を生きる力を育む 知的・発達障害のある子のプログラミング教育実践』の第1章第1節の内容の一部を再編集したものです。本記事のUP、ならびに上述のFacebookグループのアイコンの使用については、版元の「ジアース教育新社」様に快諾をいただいております。ここに記して感謝申し上げます。

自著文献

水内豊和(2015)発達障害児(者)へのICT機器活用の基本的視座―ICTでしかねらえない学習や発達の成果とは何か?―.日本教育工学会編 日本教育工学会論文誌,39(2),117-122.

水内豊和・山西潤一(2018)小学校特別支援学級における様々な障害のある子どもに対するプログラミング教育の実践.日本STEM教育学会編 STEM教育研究,1,31-39.

水内豊和・青山真紀・山西潤一(2018)知的障害児の体育科「立ち幅跳び」指導におけるICT活用の有効性.日本教育情報学会編 教育情報研究,33(3),15-20.

水内豊和(2019)知的障害特別支援学校小学部におけるプログラミング教育の実施状況と課題.富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センター紀要,14,141-145.

山崎智仁・水内豊和(2018a)知的障害特別支援学校におけるタブレット端末を用いたICT教材の作成と活用―適応行動の拡大とQOL向上をねらいとして―.とやま発達福祉学年報,9,21-25.

山崎智仁・水内豊和(2018b)知的障害特別支援学校の自立活動におけるプログラミング教育の実践―小学部児童を対象としたグリコードを用いて―.日本STEM教育学会編 STEM教育研究,1,9-17.

山崎智仁・水内豊和(2018c)知的障害特別支援学校におけるプログラミング教育―小学部の遊びの指導における実践から―.富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センター紀要,13,41-45.

山崎智仁・水内豊和・山西潤一(2019)知的障害特別支援学校小学部におけるICTを活用したダウン症児への国語科指導.とやま発達福祉学年報,10,57-61.

山崎智仁・水内豊和(2019a)知的障害特別支援学校における3Dプリンターを用いたキャリア教育の実践.富山大学人間発達科学部紀要,13(2),257-263.

山崎智仁・水内豊和(2019b)知的障害特別支援学校における教育課程に位置付けたプログラミング教育―(1)小学部自立活動におけるダンスの実践から―.富山大学人間発達科学部紀要,14(1),23-30.

山崎智仁・水内豊和(2019c)知的障害特別支援学校における教育課程に位置付けたプログラミング教育―(2)小学部自立活動におけるコード・A・ピラーの実践から―.富山大学人間発達科学部附属人間発達科学研究実践総合センター紀要,14,51-60.

山崎智仁・水内豊和(2020)ICTを活用した自閉スペクトラム症児へのコミュニケーション指導.日本教育工学会編 日本教育学会論文誌,43(Suppl.),13-16.

山西潤一・水内豊和・成田泉(2017)ソーシャルスキルトレーニングのためのICT活用ガイド.グレートインターナショナル.

岡田克己・大山美香・井上愉可里・渡辺勇士・原田康徳・成田泉・水内豊和(2020)発達障害児を対象としたViscuitによるプログラミング教育.富山大学人間発達科学部紀要,14(2),37-44.



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