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ルース・ベネディクト、阿部大樹訳「レイシズム」(講談社学術文庫、2020)

ルース・ベネディクト、阿部大樹訳「レイシズム」(講談社学術文庫、2020)

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 第二次世界大戦中に文化人類学者のルース・ベネディクトによって書かれた作品の新訳。事実を軽視して差別を撒き散らすレイシストに対して皮肉や若干の煽りを交えながら反駁するルースの語り口は読んでいて面白い。そこには無知蒙昧なレイシストへの苛立ちを見いだせるのだけど、そこに学者としての使命感や誇りを感じる。だから、読むというよりは「話を聞いている」という感覚の読書体験だった。

 時節柄、気になったのはルースが最初にあげた問いだ。

− 「レイシズムがどうして現代には蔓延しているのか?」そして「この伝染病に終止符を打つにはどうしたらいいのか?」という二つの問いに対して一人の人類学者として答えらしいものを提示しようと思う。(P.10)

 レイシズムを伝染病に喩えている。ルースは本書を通して、レイシストの主張が科学的にも歴史的にもいかに無根拠なものかを事実を積み上げて否定した上で、差別の解消のためには国民全体の生活水準や健康水準、教育水準を上げなければならないとする。この「衛生環境の整備」が排外主義のパンデミックを防ぐ。

− 少数派の生活を保障することは、マジョリティの側も、つまり今のところ迫害する側に立っているひとも、将来の生活について安心できるよう仕組みを作ることである。(…)人類はいまだに、家畜小屋から出ることができていない。雄鶏に突かれれば雌鳥もつつくだろう、自分より強いその雄鶏ではなく、自分弱い別の雌鳥を。(…)人間にもやはり「つつく序列」があって、たとえ「優等人種」に属していようと、突かれた人間はまた誰か別の人をつつかずにはいられないものだ(P.189)

レイシズムという病にかかった人の攻撃を受ける可能性は全人類にある。それは事実に則った科学によってではなく、政治によって行われるのだから「日和見」的だ。これまで差別していた側にいた人間が、政治が変われば明日は差別受ける側になるかもしれない。その点もレイシズムという病は人種に関係なく、人類全員に感染するウイルスのようだ。だからこそ、人種に関係なく、人類は手を取り合ってこの病を根治しなければならない。

− 現状を変えるためには、ひとり残らず全ての人間に、日々の糧が得られるような労働の機会をつくることを「粛々と」勧めなければならない。(…)全ての人間、つまり皮膚色や思想信条や人種に関わりなく、全員の市民権を守らなくてはいけないのだ。(P.195)

ここでいう市民権はルースが「取り除くことのできない性質について悪罵されることなく、日々尊厳ある生活を送り、その生活を周りからも尊重されること」と説明した人権と同義だろう。この論考が書かれて80年が経過したけれども、排外主義はいまだに蔓延っている。この本の新訳が出たということは、そうした時代背景を踏まえてのことだと思うので、多くの人に読んでほしいと思う。

(了)

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