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夜職に片足突っ込んで早5年

別にきっかけとか、なかった。強いて言えば、大学の寮に住んでいて、同じフロアの先輩がド派手な化粧をしていたことがきっかけだった。

いつもは薄いメイクの先輩が、その夜真っ赤な唇をしていた。彼女の方から話し始めた。
「今日バイトでさ〜」
「時給いいよ、一緒にやる?」
「今繁忙期で人足りてないしさ、やろうよ」
時給がいいという言葉に惹かれ、そのまま今の会社の面接に行った。どんな仕事をするかは、面接に行くまで知らなかった。よくわからないまま、鏡の前に座らされ自分の髪の毛があげられていった。

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あれから5年。途中コロナ禍があり、大打撃を食らって全く仕事のない期間もあったけれど、最近はかなり戻ってきている。コロナを機に離れてしまったお客さんもいるし、また使ってくれる方もいる。

最初は緊張しまくって、何をすればいいのかただただオロオロしていた私も、そのうちコツ掴んでいった。

お客さんの注文を覚えておく。お酒がグラスの1/3ぐらいの量になれば、同じものでいいか聞いて、注文したり作ったりする。この人、ちょっと無理して周りにあわせて飲んでるなって思ったらこっそりお水を出す。瓶からグラスにお酒を注ぐ時は、最後ちょっと手首を捻ると綺麗に見える。そんな小手先のテクニックもある。

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化粧して、髪の毛をあげて、ドレスに着替えると、仮面を被ったようにいつもの自分と別の自分を演じられるようになった。スイッチが入ると、私は聞き分けがよくて、ちょうど良くオーバーリアクションになっている。頑固で、ちょっとガニ股で、ガハガハ笑う私はいない。

「こんなことしてないでさ、ほらいい男捕まえて結婚とかさ、ちゃんと考えてる?」
大きなお世話だ。今日あったあなたに言われる筋合いはない、と思いつつ
「え〜、だって彼氏もいないんですもん〜」
と返す。彼氏がいようといなかろうと。

「君、かわいいねえ」
私の顔は造形が綺麗かと言われれば、全くそんなことはない。それでも雰囲気とトークでこんな言葉をかけられるほどになっていった。

つまらない話も、相手がして欲しそうな反応をし、相手がして欲しそうな質問をする。幸か不幸か、そんなことができるようになってしまったと思う。

お客さんの中で、来賓側の方や偉い人の席につかせてもらえるとちょっと鼻が高くなった。気に入られて顔を覚えてもらえると、嬉しかった。この5年でそのノウハウを手に入れた。

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身につけた女の子としてのコミュニケーションは、今後社会人として生きていく上ですっごく役に立つ経験だと思っている。また、普段関わることのできない、人を雇う側の人たちの言葉を真剣に聞く場面もあった。セクハラじみたおじさんもいたけれど、時々人生の先輩として本当に面白い話をしてくださる方もいた。私自身も、一緒になって笑ってバイトの時間が一瞬にして過ぎ去る時もあった。

いろんな衣装を着られるのも、この仕事の楽しみのひとつだ。着物やチャイナドレス、バニーガールもやった。(私は綺麗に網タイツを履くのが上手い。)夏は浴衣を着たし、冬はサンタさんにもなった。いつもと違う衣装の時は、ちょっとワクワクしてバイトに行った。

お客さんが笑って大盛り上がりして、お酒をいっぱい飲んでくれたら嬉しい。
「今日の出会いに感謝!」
と言って、紙ナプキンに包んだお札をくれた方。後日、美味しい果物の詰め合わせを会社に送ってくださった方。いろんな人がいたな。

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だけど、このバイトで身につけてしまった相手に気をつかう力は、私を疲れさせる。例えば、初対面の相手と話す時若干バイトスイッチが入り、相手を楽しませているような気分になってしまうことがある。しかも、このスイッチは勝手に入ってしまっていて、自分で切ることができない。

だからこそ、そんな自分を出さないでいい友人や家族の存在をすっごくありがたく感じる。そんな恋人欲しいし、そんな人と家族になりたい。そのためにも私も何か努力しなければいけない気がする。

それが、難しい。決して全てがこのバイトのせいだとは思わないけれど、私の人格形成に少なくとも影響は与えていると思う。

もう、ほっとんど現場には出ていない。今年度中には確実にサヨナラだ。この感覚が自分から抜けていくのか、ずっとこのままなのか。とりあえず、今の記録を文章として残しておいた。

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おなかすいた
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