子どもなんて親のエゴで生まれてきたわけで、だけど親すげぇ
保育園落ちた日本死ねと叫ばれる現代日本において、まじで世の中意味わからんことはいっぱいある。生きづらいこともあるし、ちょっとどうにかしてくれ案件もたくさんある。もちろん、私は基本的に毎日生きててハッピーだし、いっぱい楽しいことを経験してきた。これからも、社会がどうなろうと、いっぱい稼いでいっぱい遊んで思う存分自分の人生を楽しませていただく所存。だけど、この地球ずっと戦争してね?人間同士が殺し合ってね?
親という人たちはこんな世の中に子供を、うちの場合は私含めて3人爆誕させた。子どもなんて、親のエゴで生まれてきた。ね、自分勝手だね。私は生まれたくてその意志を持ってオギャーなんて言った覚えはない。親が子どもを作りたくて作ったその成果物だ。
だけど、親すげぇ。出産なんていくらでも死ぬリスクがある。いっぱい血が出る。私は出産を見たことがあるけど、いやもう、女の人は股からあり得ん量の血を出して、わあわあぎゃーぎゃー騒ぎながら理性ぶっ飛ばしていた。それで文字通り必死な母親から、新しい命が生まれている。
それでもって、うちの親はもっとすげぇ。こうやって爆誕させた命に対して、全員を特に不自由な思いをさせることなく大学まで行かせた。更に、子育てをしていたら、そのへにょへにょで頼りない命を守り抜くのに必死で、夫婦関係とか二の次三の次になるだろうに、夫婦の危機的状況みたいなのを全く見たことがない。どういうわけか今も仲良く暮らしている。いや、あなたたち結婚して何年目よ?私なんて交際が1年も続いたことがない。一緒に暮らしているわけでもないのに、嫌いな部分が見えてきて私の好きがそれを上回れなくて別れちゃう。
お父さんは、きっと働いていたら嫌なこともいっぱいあっただろうし、やりたくない仕事もあったと思う。だけど、定年まで安定した企業でいっぱい稼いで、それを使って子どもたち3人に20年ぐらいずっと全奢りした。なんかSNSで定期的に炎上する奢る奢られ炎上があるけど、そんなん子育てにしてみたら屁でもないじゃん。子どもという働かない人間が家にいて、そいつらは20年ぐらいただただ大してお礼言わずに、奢られ続けている。そして、それが当たり前みたいな顔をしている。
お母さんは資格があって、ライフステージに合わせて何度も転職して、心地よい場所を探し続けた。子育てが多分ひと段落しようとしている今、やりたいことが山ほどあってずっとチャレンジ精神があって、急にフルマラソン大会に出たり、弦楽器を始めたりしている。お母さんはお母さんなんだけど、だけど同時に私の大親友みたいな人。
いや、転職せずに終身雇用であることとか、資格が正義であると言いたいわけではない。そこじゃない。
そりゃ二人には、これからもたくさん迷惑はかけさせていただく。だって、お父さんには射精責任があって、お母さんには排卵責任があって、二人には受精責任があるから。
両親に依存して生活するという意味ではない。自立して、自分の稼いだお金で、美味しいものを食べて、いい人と出会って、私だって一人前に自活していく予定。今私は学生だけど、早く社会に出たい。学生生活は思う存分遊びも勉強もできるんだけど、そろそろ親の全奢りから脱却したい。奢る奢られるってそこに上下関係があるからね。もうすぐ私は一人の社会人として大人として対等な立場で話す権利をゲットするんじゃない?親孝行もしてみたい。
私も私のエゴで、新しい命をこの絶望的な世の中に爆誕させたいと思っている。妊娠できるのかできないのかとか、そういう生物的な話は今は別にして、私は産みたいと思っている。なんならよくわからないけど出産欲みたいなものもあるかもしれない。できる経験ならしてみたい。
この気持ちに少子高齢化みたいな話は関係ない。私の人生を他人の命に責任持つことに賭けてみたい。だけど、この気持ちは変わるかもしれない。働き始めたら、仕事が楽しすぎて一瞬もストップしたくないと思うかもしれない。急に世界一周とかし始めるかもしれない。人生はわからない。自分が出産しなくても、後世に何かを残すことはできるはずだし、それを求めている子どもはいっぱいいるだろうし。
こんなこと皆考えているのかな。私は基本的に色々気づいて考えてしまう性分だから、しょうがない。考えがぐるぐるしすぎて、これはアウトプットしないと他のことにそろそろ手を付けられなくなるぞと思ってとりあえず一瞬にして、吐くように文章を書いた。今の気持ちの記録であって、将来読んだらイタくて黒歴史みたいになっているかもしれない。