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【頂を目指した戦士】『覚悟を胸に貫いたフォア・ザ・チームの精神』~末吉塁~

夏に千葉からやってきたサイドプレーヤーは、高性能エンジンを積んでいた。排気量も燃費も桁違い。爆発的なスピードは試合終了まで落ちることなく、何度も相手を置き去りにする。F1カーと電気自動車を足して2で割ったような、究極のハイブリッドだ。

ファジサポの心を一瞬で鷲掴みにしてみせた高性能エンジンの原動力。それは覚悟だと思う。

今季、末吉塁は黄色のユニフォームを着て、開幕から4試合連続で先発している。[3-5-2]の右ウイングバック(以下:WB)のポジションで、持ち味のスピードと運動量を発揮した。しかし、チームは不振に陥る。開幕戦こそ勝利を収めたものの、勝点3が遠のく。結果的に未勝利が8試合続いた。

シーズン後半戦に見せた破竹の7連勝、Cスタで見せつけられた5点差での勝利を踏まえると、実力がなかったわけではないだろう。ただ、チームとして結果が出せない。そんな難局を打開するべく、小林監督が講じた策は[4-4-2]へのシステム変更だった。それに伴い、サイドの構成がサイドハーフ(以下:SH)とサイドバック(以下:SB)に刷新される。右WBのポジションが消え、末吉の出場機会は減っていった。

ファジアーノ岡山に加入直後から献身的なプレーを見せていた末吉のことだ。千葉で試合に出ていた時も、きっとチームのために全力を尽くしていたに違いない。しかし、チームが悪い流れを変えようと現状打破を図った結果、自分の居場所がなくなった。頑張っていたのにポジションがなくなり、試合に出られなくなる。やるせない気持ちに包まれただろう。サッカーチームにおける最終決定権は監督にある。どれだけ孤軍奮闘しても、監督の決断を変えるのは難しい。もっとも、覚悟をもって下した決断なら、なおさらだ。勝利に直結する得点やアシストを量産し、監督に「アイツしかいない」と思わせない限りは―。

真面目で誠実な末吉のことだ。出番が減っても、日々のトレーニングをひたむきに取り組んだに違いない。チームのために走って、走って、走りまくっただろう。それでも、出場機会は増えないどころか、右サイドには自分よりも若い田中和樹や西久保駿介らが台頭してきた。

末吉は現状打破すべく環境を変える。7月13日、岡山への期限付き移籍が発表された。チームを率いる木山隆之監督は、末吉がJリーグの門を叩いた2019年にモンテディオ山形の指揮を執っていた。今年で27歳を迎える年齢は、もう若くない。千葉で試合に出られない状況が続けば、今後のキャリアに大きく影響すると考えたのだろう。もう一度、自分の名前を轟かせる。チームを勝たせる喜びを味わう。かつての恩師のもと、選手としての価値を再び証明する。岡山の地で再起を誓った。

並々ならぬ決意の表れだった。ファジレッドに袖を通した末吉は、7月24日の第27節・アウェイ熊本戦で先発すると、走って、走って、走りまくった。「一人だけ倍速再生なのではないか」と疑うくらい圧倒的なスピードを見せつけ、サポーターを驚かせる。攻撃ではステファン・ムークと息の合ったワンツーで深い位置に潜り込み、守備では粘り強い対応で突破を許さない。「期限付き移籍で加入した選手」を忘れるくらい、チームのために頑張る。最後まで走り切る。その実直な姿勢はサポーターを一瞬で虜にした。

スピードとスタミナ、献身的な姿勢で右WBのポジションを手中に収めると、第30節・アウェイ大宮戦では機転を利かせたスルーパスでチアゴ・アウベスのゴールをアシストし、第40節・ホーム栃木戦では左サイドの最奥まで入り込んで同点のPKを獲得した。勝気な姿勢でサイド突破を狙い、負けん気の強さで相手の突破を阻む。166cm63kgと小柄だが、大きな選手にも負けない。足腰と体幹が強く、相撲のように低重心から相手を押し上げるようにしてボディーコンタクトに勝利する。決して感情を表に出すことはないが、背番号17のプレーからは内側に闘志を秘めていることをひしひしと感じた。

ピッチ上は最大のアピール場だ。生き残るために、サイド突破だけを考えて、ゴールやアシストを残すことに全神経を注ぐこともできた。しかし、そうはしなかった。第一に考えたのは、チームの勝利。そのためなら、快足を飛ばしてオトリになる。味方がボールを奪われたら、誰よりも早く自陣に戻る。タイムアップの笛が鳴るまでフォア・ザ・チームのプレーを徹底することが自分の価値を証明することにつながっていく。そう信じた。だからこそ、加入直後から身を粉にして戦うことができ、その姿勢が最後までブレなかったのだろう。

チームにコミットし続けた末吉は、2024シーズンもファジレッドのユニフォームを身にまとって戦う。12月4日に完全移籍での加入が発表された。復活の場を与えてくれた岡山のために、木山監督のために。来シーズンは、より強固なフォア・ザ・チームの精神を見せてくれるに違いない。オフシーズンにチューニングしたエンジンを積み、アクセル全開でプレーした先に、チームの勝利というチェッカーフラッグが振られると信じてー。

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難波拓未|サッカーライター
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