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【レビューコラム】『霧が晴れ、道が見え、走り進められると感じた歴史的な日』~J1第1節ファジアーノ岡山vs京都サンガF.C.~
試合前はどうしても地に足がつかなかったいつもは1時間半前にスタジアム入りするのに、3時間前には到着。なるべく早く戦いの地に足を踏み入れていたかった。
受付で広報の方に挨拶をした後も落ち着かなかった。昨シーズンまでは、取材陣は顔なじみの方ばかりだったが、記者控室には名前も顔も知らない人のほうが多い。いつもならその場所で先発メンバーや対戦相手の情報をノートにまとめるのに、席取りをすることもなく立ち去った。
スタジアム前広場に行っても胸の鼓動は早かった。開幕戦は毎年たくさんの人が来場するが、この日はやはり特別。先行入場やグッズ売り場の列は最後尾が見えないし、どこの通路も込み合っており、小股で歩かなければならない。チケット即完売の意味を全身で感じるために、人波をかき分けて何度も往復した。
夢にまで見たJ1の開幕を告げるホイッスルもドキドキしながら記者席で聞いた。初挑戦のトップリーグで、どこまでやれるのか。期待と不安が同居する何とも言えない感情に襲われていた。
しかし、試合開始から20秒後に心の中からモヤモヤが消え去った。
相手陣内を少し入った位置で木村太哉と江坂任の2シャドーが、ルーズボールの処理にもたつくジョアン・ペドロに襲い掛かった。まずは背番号27が右側から身体を強く当てると、背番号8が左側からアプローチ。185cm72kgのブラジル人アンカーを挟み込む。ボールはスペースにこぼれたが、2シャドーの後ろから出てきた藤田息吹が誰よりも早く回収する。鋭い反応を見せた背番号24は前方のルカオにパスを出し、背番号99は右サイドのタッチライン沿いを豪快に突破。ゴール前に蹴り込んだクロスは手前で柳貴博に当たってしまうも、国内最高峰への挑戦権を勝ち取ったプレーの強度と切り替えの早さという武器が京都相手に通用した瞬間だった。
プレシーズン前、木山隆之監督が自分たちの強みを出すことができれば十分に通用すると力強く述べていた。その発言を示すシーンを目の当たりにし、霧が晴れて歩んでいくべき道が見えた感覚がした。
その後4分間で京都に5本のCKを与えた時間帯は肝が冷えた。キッカーの平戸太貴がどんどんキックのフィーリングを高める一方、ファジアーノもスベンド・ブローダーセンを中心に守備の粘り強さをアップさせて隙を与えない。7分に背番号49が右隅に飛んできた川﨑颯太の左足ミドルを片手1本で防いだプレーには思わず感嘆の声が漏れた。
雉のエンブレムを胸に宿した選手の1人ひとりが自身のマークを外さず、ボックス内に入ってくるボールを跳ね返し続けると、新加入の加藤聖が左サイドを推進。この試合、最初のCKを獲得する。
23分、その背番号50が左足でボールを蹴ると、美しい軌道を描きながらファーサイドへ。ファジアーノの選手たちがニアや中央に飛び込む中、田上大地が立田悠悟のブロックサポートを受けて大外に回り込む。最後は木村とのツインシュート気味になり、左足でボールを合わせた。綿密に準備していた作戦を一発目で成功させる。J1の先輩が8本のセットプレーを仕留められなかった中、チャレンジャー集団が一発必中の覚悟で先制点をもぎ取ってみせた。
36分には、開始から20秒後に霧が晴れて見えた道が、走って進んでいいものだと確信する。京都のクリアを鈴木喜丈がクリアし、相手陣内にぽっかりと空いたスペースに落ちる。その先にはペドロがいたが、ファジアーノの鉄人がまたしても本領を発揮。34歳になってもタフさの増す藤田が右足を出してバウンドするボールをわずかに触り、そのままペドロにショルダーチャージし、左足で江坂につないだ。
この球際を制したことで京都の守備陣を硬直させると、江坂、藤田、ルカオのワンタッチパスでカウンタープレスを回避。木村のランニングで大外を空け、柳貴博が右サイドを突く。そして、そこに江坂からの極上パスが通り、背番号88の折り返しから背番号27がスライディングシュートを決めて追加点を奪取した。
相手陣内で奪い、縦に早く攻める。木山体制の3年間で取り組んできたことに、時を止めるかのような美しいパスがエッセンスに加わる。柔と剛を感じさせる新生ファジアーノらしさが詰まった会心の一撃だった。
2本のシュートチャンスを全て枠内に飛ばしてネットを揺らしたファジアーノ。2点リードの後半は京都の猛攻を耐えしのぎながら、ルカオの推進力で押し返し、途中出場の選手が適材適所のプレーを発揮。後半終盤の波状攻撃も、守護神を中心に防ぎ続けてタイムアップの笛を迎えた。
試合終了の瞬間、14,575人が押し寄せたJFE晴れの国スタジアムが歓喜に包まれる。ホームスタンドは総立ちで祝福し、バックスタンドからはひときわ大きな歓声が上がった。歴史に残るJ1の初戦は記録にも記憶にも一生残るものに。未踏の世界で、ファジアーノは堂々と新たな一歩を踏み出した。
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