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コンビニコーヒー抽出即全こぼしは神の啓示

突然のことで記憶がない。
気づいたら足元に先ほどいれたばかりのアイスコーヒーがぶちまけられていた。


えっと…コーヒーを入れ終わって、台に置いて、ガムシロップを入れようとしたときに手が当たって…
徐々に状況を飲み込めてきた。
とりあえず店員を呼ばなければ。

昼休みのオフィス街の混み合うコンビニで、店員の手を煩わせることに強烈な罪悪感を覚える。
レジ列の人々の目線もきつい。
床にぶちまけたコーヒーを拭いてくれる店員に「段取りが悪い」となぜか厳しい声をかける店長らしき人物もきつい。
刺されるような思いだった。

居た堪れなくなり、店員に謝罪をして店を後にした。

コーヒーマシンは店の端のほうにあったため、コーヒーがかかったのは自分だけで、他の人にかからなかったのは不幸中の幸いだったとも言える。
そして自分もズボンの裾のほうがちょっと汚れただけだったのでまだ難を逃れた。
居た堪れなくはなったものの、店員さんは「大丈夫ですあとはやっときますんで〜」と言ってくれたし、別に誰かから非難されたり怒られたりしたわけでもなく、結局、なんともないのである。


まさか自分が派手に失敗するなんて。
なんともなかったとはいえ、自分らしくない出来事になんとも言えない衝撃を受けて、あたまのなかがぼんやりしてしまっていた。
収穫もなくまさにとぼとぼと会社に戻る途中、ある出来事を思い出し、ぼんやりとした頭の中の焦点が急速にあった。

近頃の息子は毎日なにかをこぼしている。
不注意でこぼすならまだしも意図的にこぼす。
さらに床に落ちた牛乳やスープの上でちゃぷちゃぷ遊ぶ。
歩き回ってどんどん広げる。
何回も何回床を拭かねばならない。
注意してもヘラヘラして全く響かない。
その全てに嫌気がさしていた。
そしてコンビニコーヒー全こぼし事件の前日、わざと牛乳をこぼした息子についにブチギレてしまったのだった。
許さない。そんな気持ちに支配されて、感情のままに怒ってしまった。

ハッとした。
自分もこぼしてるやん、そして許されてるやん。と気づいた。
こぼしたら拭けばいいし、汚れた服は洗えばいい。
わざとやったことには叱らないといけないけど、感情的に怒る必要はない。
もしかすると今回のコンビニコーヒー抽出即全こぼし一連の出来事は、
息子に対してそんなに怒らないで。
という神様からのメッセージだったのかな、と思うことにした。
彼への対応もこれを機に変わっていくだろうか。

捉え方は自分次第。前向きに考えようと思う。


とは言ったものの、強烈な居た堪れなさが体に刻み込まれたあのコンビニにはしばらく行けない…という気持ちです。
他のコンビニへ行ったとしても、コーヒー自体イップスになってしまい作る気が起きません。
時間が解決してくれることを待ちたいと思います。
コンビニのアイスコーヒーを片手に散歩したかった、夏。
さようなら、またいつか。

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