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雨傘

気づくと窓の外は暗くなっていて
ベランダの手すりに当たる雨音が聴こえた
時計を見るともう17時を過ぎていて
同姓している彼女がそろそろ帰る時間だ

傘は持って行っただろうか?
昼間は晴れていたから持たずに出かけただろう
洗濯物を取り込んでメールを送った

「傘持って駅まで迎えに行こうか?」
「助かる、ありがとう。18時には着くと思う」
「わかった」

彼女のいない部屋は広く見えた
いつも綺麗に整えられていて
何が何処にあるのかもすぐにわかった

昼に食べたお皿を急いで洗って
楽な外着に着替えて二本の傘を手に家を出る
雨は思っている以上に強く地面を叩いていた

駅までは家から十分ほど
向かいから傘を持たない人たちが
早足で雨を避けながら通り過ぎて行く

たまにいる傘を差している人はきっと
常に鞄に折り畳み傘を常備している人なのだろう

思ったよりも早く着きすぎてしまい
駅ビルに入って時間をつぶした
と言っても特に買う物はないから
ぶらぶらと店内を歩くだけなのだが

手に持った二本のビニール傘を見て
彼女に新しい傘でもプレゼントしようかと考えた
でも下手に選んで気に入らなかったら
と考えて躊躇する

ある雑貨屋の前で見つけた
彼女が好きそうなデザインの傘
買おうかどうしようかと迷う

傘を差す彼女の姿を想像した
どの色が一番似合うだろうか?
手に持って歩く姿をイメージした
紫か?いやどれも似合いそうだと思った

すると、後ろからよく知っている声がして

「これ、かわいいね」と
彼女だった

「早く着いちゃったよ」と

まるでここで待ち合わせをしていたかのように
自然と手を繋いで肩を寄せた

「これ、似合いそうだなと思って見てた」
「そっか、私はこう言うのが似合うのか」

彼女は人ごとのようにそう言って
でも嬉しそうな表情を浮かべた

駅ビルを出ると雨は小降りになっていて

手には三本の傘
彼女に今買ったばかりの新しい傘を渡すと

「もったいないよ」
と持って来たビニール傘を取って広げる
でも骨が何本か折れていて、少し錆びついていて

「しょうがない、新品をおろすか」

と、広げた傘は
空の視界を塞いで二人を包んだ

二本のビニール傘は閉じたまま
言葉も無く一本の傘に二人で入る

女性物だからそこまで大きくはない傘に
彼女は僕の腕を掴んで体を寄せるけど
すでに右肩は小さな雨粒で溢れていて
でもそんな事は全く気にならなくて

「この色でよかった?」
そう聞くと彼女は

「私に似合うと思って選んでくれたんでしょ?」

そう言い、くるくると傘を回し
水しぶきを周りに振り撒いた

「夕飯食べて帰ろうか」
「あ、まぐろフェアやってるらしいよ」
「おすしか、いいね」

「雨だから美味しいよきっと」
「どう言う意味?」
「だって魚たちもはしゃいでるでしょ?」

用無しの二本の傘を肘にぶら下げながら
軽く鼻歌を歌ったりしながら
吹けない口笛を奏でたりしながら
霧雨の中を店まで歩いた

遠くの空に晴れ間が見えて
傘を差す人と差さない人が半々くらいになって
すでに降っているのかどうなのかわからないけど

傘が必要じゃなくなっても
振り向けば虹が出そうな空になっていても
二人とも閉じようとはしなかった

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へびのあしあと
カフェで書いたりもするのでコーヒー代とかネタ探しのお散歩費用にさせていただきますね。