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現在の瞬間ってどこだ?

私の存在は、ただいまのこの瞬間においてしかありえていない。過去に私が存在していたわけではなく、現在の私のあり方こそが問われている。
自覚とは、現在の瞬間においてしかありえず、現在の瞬間のなかにこそ、自分の生きざまが自覚されてくる。

            小川一乘


いま、この瞬間の自分を感じようとすると、まずは過去の事象が頭に浮かび、これから先のどうするかという問いが生まれる。

これは致し方がないのかもしれないが、そこに現状の自分がいるかどうかが問題なのだろう。

というか、現状をみつめた上で過去や未来に思いを馳せているか、過去と未来から自分を感じるか。

ま、どちらも時間的因果論・輪廻転生的思考から抜け出せてはいないのだが、後者よりかはまだ前者のほうがいいのかな、そんなふうに思えてします。

後者は完全に他人事人生。
しようがないよ、だって、ああいうことがあって、そういうことでこうなったんだし。
なんか、このままどうなっちゃうんだろうなぁ〜。
ま、でも、そんなことどうでもいや。
何食べようかなぁ〜。

って感じかな。
いや、ちょっと違う気もするが。。。

前者は、例えばだが、現状、コロナ禍にあって、ここをどうにかすることもだが、なぜこうなってしまったのか。
旭川動物園の園長である坂東元さんは、いろいろなところでずっと前から、こうなってしまうことへの警鐘を鳴らされていた一人だ。
著書『ヒトと生き物 ひとつながりのいのち: 旭山動物園からのメッセージ』では

過去に大流行したインフルエンザは、鳥型と従来のヒト型ウイルスが家畜のブタに同時感染し、変異したためとされています。今回のH5N1型は、経済成長が著しい中国や東南アジアで発生しました。経済面を優先するあまり、衛生面やニワトリの健康面に配慮しない過密な大量飼育が行われ、ウイルスの〝新天地〟となったようです。 
ヒトが作り出した〝不自然な環境〟が原因といっても過言ではないでしょう。  
エイズやエボラ出血熱、BSE(牛海綿状脳症)、SARS(重症急性呼吸器症候群)、そして高病原性鳥インフルエンザ……。
ヒトの傲慢や驕りに対して、地球が「もうこれ以上のわがままは許しません」と警告を発しているのです。

と、警鐘を鳴らしている。
2007年の文章だ。

そうしたことを現在にしっかり見つめ、ではどうすればと、未来を歩む。
ワクチンや抗ウィルス剤を作って終わりではなく、同じ轍を踏まないようにするにはと、環境問題や先進技術問題、医療や科学のあり方を現状の問題として取り組む、それが今を生きるということ。

コロナを挙げての一例でしかないが、そんな感じかな、前者の今を生きるってのは。

自覚というのは、自分ではできないものだと思う。
だれかが気づかせてくれるもんでもない。

ありとあらゆる、過去・現在・未来が描く線・面の一地点に、間違いなくわたしという点もあると「今」感じることなんだろう。
「あった」でもだめだし、こういう点で「あれば」でもだめ。
すべてが「今」「この瞬間」のわたしに向けて働きかけていることに気付く(覚)こと。

でもって、それは「きづくぞ〜!」ではできず、もちろん「きづきたい!」はあってもいいが、ふと気付かされるのかもしれない。

わからない。

たぶんほんとうの意味で自覚したことがないのだろう。

いや。

もしかしたら、自覚しているのかもしれない。
ただ、自覚したことも無意識の中にあり、気づけていないのかもしれない。

ともかく、今の自分は、過去と未来に見を託す生き方よりも、過去と未来を俯瞰して投げやりに生きる生き方よりも、できることなら、いまをより良く生きるための糧として過去と未来を利用した生き方がしたい。

こんな事を考えている時点で、なんも見えていないのだろうなぁ。

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