📕「無限という概念には、人を怯ませるものがある」
■アミール・D・アクゼル『「無限」に魅入られた天才数学者たち』
「無限」の恐怖
私が無限をはじめて知ったのは、宇宙であった。「宇宙は無限の広さをもつ」──この表現が現在の物理学において正しいかどうかは微妙だが、少なくとも私の幼い頃はそう教わった。
しかし、何かの大きさが無限である、という言葉の意味がどうしてもわからなかった。その状況を頭の中で描くことは不可能だった。本気で描こうとすれば、身体が四方八方から引っ張られるような不快感が襲い、恐怖心が想像力を制止するのだった。
最初の引用に書かれているように、無限は「日常的な直感がまったく通用しない世界」である。そんな興味深くも恐ろしい世界に真っ向から立ち向かった数学者たちを描いたのが、この『「無限」に魅入られた天才数学者たち』だ。
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数学の中でも「無限」に限定されて書かれたこの本。端的に言ってとても面白く、夢中になって読めた。数学が好きな人にはかなりおすすめしたい。数学が苦手でも「無限」に興味がある人にはぜひおすすめしたい。
(私を含めて)数学を専門に学んでいない読者の場合、この種の本に登場する数式や数学的説明はたいてい難易度が高く、理解しづらいと思う。「理解できないけどまぁ、大体流れはわかるから……」と飛ばして読み進めることも多いだろう。しかし本書の解説は素人にもわかりやすく、きちんと理解できる。
難しい理論の本髄を素人が理解するには、本来なら相当な時間を要するはずだ。著者の要約や例示がとても上手いのだろう。
無限は一つではない
面白かった話は多すぎて語り尽くせないほどなのだけれど、一番印象に残っているのは「有理数の無限」と「無理数の無限」から始まる話。無限に詳しい人(?)にとっては新しい話ではないかもしれないが、私は本書で理解を深められたと思う。
「無限」は一つではなく、種類がある──これはカントールが「対角線論法」を用いて証明した内容である。詳しい説明は本書に委ねるとして、簡単に二つの違いを書いてみよう。
一般的にイメージされる無限といえば「有理数の無限」だろう。これは例えば「宇宙は無限である」「数は無限に大きくなっていき、数え切ることはできない」といったように、どこまでも外側に広がっていく、捉えきれない大きさのような「無限」だ。有理数の無限は、無限だが数えることができる。つまり、例えば自然数の無限なら、1、2、3……と指差し確認していくことができる。ただし時間が無限にかかる。
一方の「無理数の無限」は、「1と2という数字の間はびっしり埋め尽くされており、ズームインしても全ての数を数えることはできない」というような、どこまでも奥深く底がない、捉えきれない肌理の細かさのような「無限」だ。こちらの無限のほうが、さきの有理数の無限よりも「濃度が濃い」であり、より高次の無限である、とカントールは考えた。
カントールが証明に使った「対角線論法」はとてもシンプルで美しいので、興味のある方はぜひ読んでみてほしい。以下の本も良さそうなので、読んでみたい。
私はこの本を読んで、なんとなく無限を理解した。しかし、無限という概念を現実世界と対応させて考えることはいまだに難しい。「どこまでも広がる」「どこまでも続く」という状況は、文字や数式で書くことがせいぜいであり、人間の感覚では把握できないからだ。
だからこそ、無限は古くから「神」と同一視されたという。
数は実在するか?
さて、最後に著者が投げかけた重大な問いがある。
「数は実在するのだろうか?」
数は、人間が作り出した抽象概念なのだろうか?──ということだ。数学の歴史を紐解くと、例えば牛を数えるために1頭、2頭と指差したり、時間や日付の体系を整えたりと、数はすべて人間が作り出したもののように感じられる。
しかし著者は反論する。
確かに、「この世界を人間が作った」と考える人はほとんどいないのに、「数は人間が作った」とよく言われる。
しかし、この世界の物理法則があらかじめ存在し人間はただそれらを発見しているに過ぎないのと同様に、数学も「実体として」もともと存在し、人間はただ発見しているに過ぎないのかもしれない。
・・・
そのように考えた時に、あらためて「この世界は誰が作ったのだろうか?」という問いが浮かぶ。
私たちはこの世界の法則を(物理的にも数学的にも)探っている。しかし、ゲーデルの不確定性定理(※本書に登場する)に基づけば、人間はこの世界の全法則を知ることはできない。全法則を知るにあたっては、この世界のさらに外側から観察する必要がある。
もし外から観察する存在が「神」であるとしたら、「神」がこの世界を作ったのかもしれない。
では、その「神」は誰が作ったのだろうか?
その「神」を作った「誰か」は、いったい誰が作ったのだろうか?
──やはり無限は恐ろしい。
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