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【呻吟】 ユイの戯言Ⅰ


 ここ砂丘では、時間の経過が早い。正しくは砂丘とも呼べないのかもしれないが。
 ほんのりと暖かい白のみが広がる箱。
 ある一定の距離を進むと、見えざる壁と対峙することとなるこの異次元空間は、箱である。
 広がる砂の真上には、古今東西あらゆる『美』を寄せ集めた黒い天井が存在する。唯一とも思われる丘の、隆起した頭に腰を掛けると、一望を楽しむことができる。
 砂に美しさを見出すこと、9ヶ月。9ヶ月とは、砂から成った少女ユイが教えてくれた年月だ。見た目は小学校高学年ほどだろうか。笑った顔やまんまるな瞳で見つめてくる姿は、あどけなく純粋だ。しかし、言動は私なんかよりずっと年上。
 今の自分の年齢では、たったの5日でもとてつもなく長く感じるものであるが、突如として砂から形作られた不思議な少女は、気の遠くなるような月日を口にしていた。
 あまりにも違和感で溢れかえっていたため、ここはどうやら夢の中らしいと気付く。しかし、夢ながらも明晰夢ではないようで、飛ぶことはできないし世界が無限に広がっている訳でもない。
 現実での物事を思い出そうとすると、靄がかかる。思い出したくもない。

「夢だと思っているの?」

ユイちゃんは出てきて早々から、どうしても私を苛立たせてしまう、憐れな女の子らしい。
 私はといえば、顔のパーツを1ミリたりとも動かさないことにした。

「怒らせてゴメンね。でも、ここはあなたの脳内なの?」

 怒らせたと思うのなら、口を開かなければいいのに。それよりも、私のイライラをどうして知っているのだろう。

「ここがもし、あなたの夢の中なら、私が人間の心を読めても、なんらおかしくはないでしょう」

「ここは、ただの砂丘よ」砂に足を取られないようにしつつ、私専用の丘へトストスと踏みしめ登ってくるカノジョを端目に、口を開いてみる。

「夢の中であるかどうかなんて、さほど重要じゃないわ。私たちが生まれ堕ちた地上が本当の現実だなんて、ヒトがちゃんと証明できる日が来るとは話体には思えないもの」逆に、現実というものを詳細に理解できた日が来ることで、ヒトは1つ上の次元へと穂を進めるのではないだろうか。

「砂丘?私にとって、いえ、誰しもにとってここは・・・」

 ユイちゃんの目が曇る。しかし、それもどうでも良いことであった。

「それよりも私の名前、ユイっていうの?」目の曇りは、にわか雨の後のように晴れ晴れとしていた。

「そうよ。ここでのあなたの名はね。ユイちゃんにとっては私が、ユイという名前の女性に見えることもあるでしょうけど」

 私の視点では、ユイちゃんの表情に困惑はない。同情の色を浮かべている。
 この場所は、夢と最も近しい。大人の女性の声が、そう言っていたのが聞こえてきた。

「言っていることのイミ、よくわからないんだけど」

それからしばらくは、砂の音だけが柔らかく耳に触れた。


  思考すると、耳障りなノイズが響く。ノイズは嫌いだが、ノイズを聞き入れる自分自身は、心地よかった。





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