【短編小説】パンクロックパンデミック
剥き出しのプレシジョンベースを片手に、燻ったネオン街を縫っていく影。
煤けたガスを吐き出す、髪を逆立てたゾンビたちは、齢19の影を目にも止めない。整った可愛らしい容姿に似合わない、風を感じさせるほどに擦り切れた革のジャンパーとチェック柄のほつれた真紅のスカート。ゾンビたちの視力は正常に機能していないため、かつての立役者がみすぼらしい身なりで彷徨していることには、誰一人として違和感を生じさせなかった。
長髪をかきあげながら、童顔の高校生はジョンと名乗る。
ーーあの日あのライブ、あのバンドからだ。島国の若者たちは狂っちまった。クソッタレ。
洗脳ディスプレイを片手に、街中でゾンビたちはくねくねぴょんぴょんとお気楽なもんで。一緒しておんなじ与党をおんなじ理由で批判してやがる。脳無しのゾンビどもがイヤホンで垂れ流す音楽は確認するまでもなく、、パンクロックだ。それでも、ーー
「それでも、はじめはよかったんだ」名刺代わりにつぶやいた音は、数歩おきに掘られた箱から漏れる、あの騒音に消え去った。
一歩一歩、迷いを踏みしめた足取りを白々とLEDが照らすようになったところで、裏街道から都会へと外れてしまっていたことに気づく。息苦しさがゾンビの人口密度を警告する。
おもむろに顔を上げると同時に、交差点を包み込むようにブルーライトを発するスクリーンの大画面が切り替わる。
見知った顔。
テレビだとかネットだとかで何度か見かけたとかそんな腐ったレベルじゃない。文字通り毎日メシを食い、夢を語らった、かつてのバンドメンバーの顔ぶれが網膜を突き刺す。刹那に想い起こされる青春の日々とはワンテンポ遅れて、商業的なプロモーションビデオが前頭葉を揺らす。
駆け上がってきた自作のチープなミュージックビデオに収まっていた、童顔のスターを内包する彼らの姿はもうそこにはない。
省かれたイントロと共に盲目に熱狂するゾンビたちにかき消されると知りながら、元ベースとして非難を告げる。
「俺がパンクロックを終わらせる」
やはり誰の耳にも届かない。パンクロックパンデミックが蔓延する孤島のバカどもを侵した過去の栄光とは真逆の感情が支配する。
過去、パンクロックがこの国へ輸入され、時を経た世紀末に時代遅れとして収束したと思われたパンデミックの余波は、地下のライブハウスで消えかかる灯火として燻っていた。そこに目をつけて高校でバンドを組んだのは他でもない、ジョンなのだ。
爆発的加速力をもって、2年でドームツアーまで駆け上がるのに欠かせない初期メンだと、メンバーは口を揃えてこいつの名前を出すだろう。
しかし、ファンにとってみれば違う。最初期から追っていた数少ないゾンビだけが存在を朧げに覚えている程度。今時分、欠かせないと口では言いながらも実際離れていった昔の仲間の力なぞ、とっくに忙殺されたバンドマンたちは忘れかけていた。ジョンに言わせれば、彼らは忙殺された時点でバンドマンなんかではなく、ゾンビの帝王そのものらしい。
眩しすぎるスクリーンから逃げるように離れ、道なりも林立した高層ビルのせいで見えないくせして山へ向かいつつ、決意したのだ、と語る。
「パンク熱にうなされる同年代の奴らが俺らの目の前で、一人また一人を積み重ねて百万、二百万とパンデミックが再波及していくのが予見されて怖くなっちまったんだ、俺は。売れていって今みたいにバカが伝染するのに利用されるくらいなら辞めちまえってね。
私の逆立てた髪が重力に従うようになったのもその頃。特段好きだったわけでもないパンクバンドを組んで、仮初の大義に共鳴した、将来は政府の犬になるはずのアイツらが、反体制の脳無しのゾンビと変貌していったところから俺の葛藤が始まったんだ」
今はひどく嫌えてるパンクへの葛藤は、今となっては人生を賭けるべき野望へと変身を遂げた。
「俺がパンクロックを終わらせる。余波すら残さずに。殺すんだ、、死んでいくわけじゃない。太古にストリートで勝手に作り上げられたものなんだから、俺が殺したってそんなの俺の勝手だろ」
一本目のミュージックビデオで、かつて勝手に生きろと叫んだジョンの詞はヤツらを勘違いさせ、感染者たちの生きる理由をパンクロックへと導いてしまった。
パンクロックの終焉ーー。眼前に二等星が現れる。
彼は思う。パンクロックの終焉が、これまでの世界の終わりを大号令として響かせる。
徐々にズームアウトしていく足取りとは反して、鈍く黒光りした決意の証を最後まで魅せつけていた。これまでは白かったはずの生身のプレシジョンベースはジョンの手で黒く塗りつぶされ、原始ロックを震わせる。
ふわふわとした安寧の雲から堕っこちた影を、冷たい風が揺らしていた。
〈第一部 終〉
今回の超短編小説『パンクロックパンデミック』は
“曲”DECEMBER'S CHILDRENのストーリー
“映画”WiLD ZEROの世界観
“小説”拝啓パンクスノットデッドさま
から受けたインスパイアが4割含まれてて、夏に書いた小説が生かされてるなって実感。
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パッと思いついた時のあらすじと設定
島国を混沌に陥れアンダーグラウンドでなお燻るパンクロックパンデミックの余波
再びパンクロック熱にうなされる若者が増える世の中でひとりの少年は決心する
「パンクロックを終わらせるーー。殺すんだ、パンクが死んでいくわけじゃない。ストリートで勝手にできたものを俺が勝手に殺したって、そんなの俺の勝手だろ」
白のプレシジョン・ベースを黒に塗りつぶした少年は、プリミティブ・パンクロックバンドをもってパンクロックを終わらせる。
後にドームライブで元親友でありバンドの伝説のヴォーカルでもあった観客席のアイツに撃たれた彼がパンクを殺す物語。
少年は銃に撃たれ、パンクの心臓を貫いたーー。
あらすじでは少年って書いてるけど、本編的には服装と口調も引っくるめて性別不詳ということで。
この『パンクロックパンデミック』の続きを書くとするなら、
・ゼロで一度バンドを組んだ時の過去編。
・これから組む原始ロックバンドを組むⅡ。
・今度こそ逃げずにトップに昇りつめ、ツアー中に観客席にいた元バンドメンバーに銃で撃たれて行方不明になるⅢ。
・パンデミックが完全に収束した後の歪な世界を描くⅣ。白いベースを黒色にペンキで塗りたくるだけのifルート。
てな感じになるけど、、続きを書くつもりは今のとこないです。詞になってるかも。よければ感想お願いします。
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