【呻吟】ーーとの賭け
父、母が複雑そうな面持ちで立っていた。
一年振り。こんな娘を迎えに来てくれるようなそんな寛大な親だったらしい。
おかしなもので、私の心は浮足立ち。社内での両親の話も耳に入ってこなかった。
それもこれも、両親の発した一年振の言葉が、失跡でもお帰りでもなく、「殺人未遂で事情が事情だったから、こんな一年で帰ってこれたんだ」というようなことだったからだ。期待せざるを得ない。
他にも、「精神病」「EQ」「幼い見た目の先生」「予想外」という単語が脳に引っかかった。
繋げて推測するとこうだろう。
幻覚が見えるほどの病を少年院内で患ったため、刺激を抑えるべく、幼い見た目の先生が寄り添ってくれた。つまり、ユイさんは実在していたことになる。心を読んでくるような仕草も、EQが高すぎるがゆえだろうか。
それにしても、精神病のプロフェッショナルが、がんばりすぎないよに薦めてきたのはどうかと思う。
そういうものなのだろうか。トラウマを直に刺激せぬよう、とタブーは避けてきて。それなのに言ってしまい、クビになったのだろうか。荒療治で私が治ったのも、予想外のことだったのだろう。
車内で思い出したが、事件後20分、勢いそのまま、包丁を自身の喉に向けたところで警察に止められた。そのショックで幻覚症状がでた、そういうことだ。
自殺しきれなかった過去に私は、若干の憤りを感じた。
家まで残り五分。ソワソワしっぱなしだった。ユイさんと会話し、自分は変わったはずだったが、家に着いてすぐ彼に会いに行こう、という思いも失せかけていた。
しかし、諦める言い訳が出かけてきてちょうど、家に着いた。
家の前に、スラっとした男性が立っている。見知ったカオで、いくらか身長も高くなって見えた。
両親の目も憚らずに、慌ただしく後部座席のドアを開ける。彼に駆け寄った。駆け寄るというよりも、全力ダッシュで少し盃になった胸に飛び込む。
「ユウタッ」両親の視線は気にならなかった。
「よぉ」と出会った当初と変わらない、落ち着く声。
「また会えたね」
「この世でもう一度会えるなんてな。どんな数奇な運命か、生きてたよ」
「うん。でも私、あんなことがあっても、あまり変われてないみたい。あるのは根拠のない、自信だけ」
どういうこと?首をかしげる。小鳥のように可愛いらしく見える。
「あのまま廃人になってしまうと、ならなかろうと、どっちでもよかった。どっちでも良かったのに、こうなる道を選んじゃったの」
「そっか」
「ユウタに会う勇気も、直前で失くしちゃったし」
「でもさ、真っ先に飛びこんできてくれて、嬉しかった、なんだろうな。どんな葛藤があろうと、どっちでも良くないから自分で選んで、今があるんだろ。それの何がダメなんだよ」
「それは、、うん。私ね、何かをしてみたいの。動き回りたくてしょうがない。何をしよっかな」へへっと笑って見せる。
「そう。何やるかは決めてないんだな」じゃあ、
「賭けをしよう、俺とオマエで。俺、最近は勉強ばっかりしてんだよ。勉強が楽しくてしょうがねぇ。2年後、同じ大学目指せよ」
「賭けって?どこ受けんの?」
「俺が受かったら、結婚しよう、オマエが受かれば酒でも奢ってやるよ。地元の旧帝大に合格したら、の話だけどな」二ヒヒと笑う。
「いや、あんなスゴイとこ2年じゃムリだよ、賭けの対象だって等価じゃないし。高校にも行けてないんだよ?」
「冗談だよ、どっちが受かっても、酒を1杯奢る。飲んだことないけど、きっと最高に美味いだろうよ。元々は勉強できた方なんだし、ノらないか?」 彼の目は澄んでいながらも、ギラギラが満ちていた。
少なくとも私とは違って、本気で物事と向き合っている。
「ただ、旧帝大ってトコはウソじゃねえ。どうせやりたいこと、見つかってないんだろ。アツくなれること提示してやるってこと。この二年。本気で生きてみないか」
圧を浴びた口調から、今まで青春を感じられていなかったのは、私に熱中できるものがなかったからだと伝わってくる。
「何?スポ根マンガでも読んだの?」
「さとり世代なて言われてる俺たちだからこそ、そこそこを目指してちゃダメなんだよ。賭けたほうが、おもしれーしな」
妙に納得してしまう。エネルギーが伝わってきた。
「いいよ、その賭けノった!」
「約束な」
握手を交わす。まぶしく私たちを照らす太陽が、生き証人だった。
「俺も高校行ってないし、明日から図書館で一緒に勉強しようよ」
名案だと思った。あと二年か。
なんとなく、大丈夫な気がした。
「行く!」
過去なんて、どうでもよくなった。あの事件は一生背負うべき過ちなんだろうけど。以前よりも顔を上げ、未来を視ていけるような気がした。
次回、最終話。逆にここで読了というのもアリだと思います!
自分の体験したことも元になってたりします。よろしくお願いします。