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百年文庫67 花

薔薇くい姫/森茉莉

いつも子どものように扱われ、心に怒りの種を秘めている魔利。日常の小さな理不尽を独特の感性で描く森茉莉の快作。

森茉莉の書くものは、描けそうで描けない作品だといつも思う。
この薄い本のページの半分以上をこの「薔薇くい姫」が占めていて、ひとりで半分以上を占めて喋る感じもまた茉莉らしい。ここまで67冊読んできて、こんなに極端な構成はこの本だけ。
昔は森茉莉のことをお姫様然としていてそこらへんにいたら仲良くなれないタイプ、と思っていたのだけれど、久しぶりに読み返したら現実に根ざすことができていなくて軽んじられる人間の悲哀が感じられて愛しく思えた。わたしのほうが森茉莉より先に大人になったのかもしれない。

魔利は自分が現在持っているものに、確かに持っているという感じがない。魔利は持っているものに、「持っている」という、たしかな自覚をもつことが出来ない。たとえ箪笥に入っていようと、座っている、直ぐ傍に置いてあろうと、それらは皆、どこかしらの魔利の知らない、魔利のいる場所から千里も、万里も距った、どこかの空間に浮き漂っているようなものであって、じつにはかない、心もとない感じを持っている。魔利がものを失くするのは、まだ、何かを持っている、という自覚のない嬰児が掌からものを落すようなものだ-

こういう文章のことを以前はある種の開き直りと感じていたのだけど、今はこうやって客観的に書くことでしか自分のはかなさや心もとなさをあからさまにすることができない人なのかもしれないと思う。

ばらの花五つ/片山廣子

大輪の花五つ、咲きかけた桃色のつぼみが二つ。「私」をやさしく見守る、丘の上のばら園の思い出。

シンプルで短い文章だけど、情景が頭に残る。この作品の情景の鮮やかさは百年文庫のシリーズの中でもかなり印象的。「ああ、薔薇のやつね」と長く覚えている気がする。大輪の優雅な薔薇と、居場所を追われて世間から隠れ、ここへ辿り着いた管理人の対比が切ない。

つらつら椿/城夏子

相場に手を出し、親戚に無心して暮らす父のもとを初恋の相手が訪ねてきた。悲しみの記憶から静かな情愛がたちのぼる。

女学校へあがった描写があるので、この主人公はだいたい高校生くらいの年齢だと思う。この年で自分の家族の秘密や親の人生について思うことができ、父親の過去の恋人から知らない一面を聞かされても「私はひどく心を打たれた。父に対して、やさしい気持ちが生まれた。」と思える成熟の加減が現代とは一段階違っているなあと思った。
相場に手を出して損を作り、家族を困窮させる父の人生の襞。最愛の兄の犠牲になって兄の愛した人を娶り、兄の娘を自分の娘として育てることに自分では納得したつもりでいても、無意識に自分の人生に絶望し自棄的なものが生まれてくる、その機微をわかったうえで受け止めることのできるのは私ならいくつくらいの年になるのだろう、と考えたりした。

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