堀井
訪ねた美術館・美術展の記録まとめです。
三篇ともガツンと来る、骨太な作品。角度や状況は違えど、それぞれ作者が己を深淵の淵に立って眺めるような切実な経験を元にして書いているような気がする作品たち。何度も読み返したいかと言われるとちょっと重いので難しいけど、手元に長く置いておきたい三篇。 冬の蝿/梶井基次郎 梶井基次郎の描写力はどこからくるのだろう、と思う。 一行一行読んでいくと、とりわけ印象的な言葉遣いや表現があるわけでもないのに、作品になったときには異常にあざやかに眼前に迫る。 その疑問が、この「冬の蠅」を読
群集心理学の名著。100年近く前の本だけど、怖いほどにその通りだなあと思わせてくれる分析。 書きとめながらじゃないと頭に入らないなと思い、メモ取りつつの読了。 群衆の一般的特徴 群衆とは? ・多数の個人が偶然により合ったからといって、組織された群衆の性質をおびるものではない。(中略)心理的群集の特性を具えるには、ある刺戟の影響が必要である(p26) ・多数の個人が同一場所に同時に存在せねばならぬことを必ずしも意味しない(p26-27) この本では、なにかしらの形で組織さ
薔薇くい姫/森茉莉 森茉莉の書くものは、描けそうで描けない作品だといつも思う。 この薄い本のページの半分以上をこの「薔薇くい姫」が占めていて、ひとりで半分以上を占めて喋る感じもまた茉莉らしい。ここまで67冊読んできて、こんなに極端な構成はこの本だけ。 昔は森茉莉のことをお姫様然としていてそこらへんにいたら仲良くなれないタイプ、と思っていたのだけれど、久しぶりに読み返したら現実に根ざすことができていなくて軽んじられる人間の悲哀が感じられて愛しく思えた。わたしのほうが森茉莉より
ロラン・バルト、読まず嫌いで難しいと思ってたけど面白かった。 象徴とは違い、ぴったりと適合するものを示す<表徴> 象徴はあくまでもそのものの一部分を示す類似しているだけのもの、ということはわかるような気がする。その表徴というものを、色々な「バルトが見た日本」の切り口から論じたもの、なのだけど、浅いところをなぞるだけでも面白い。 「日本料理の食膳は、このうえなく精妙な一幅の絵に似ている」と始まり、日本料理から表現体(エクリチュール)の基本的な姿を見ようとする「水と破片」なんか
今日が失業保険最後の支給日だった。働かないと明日からは無収入、お金は減るだけである。 思えば生まれてこの方、いっさいの身分がないのは初めてかもしれない。いま私が何かでニュースのお世話になることになったら、「無職(28)」と報道されることになる。まあ実際にはしばらく前からそうなんだけれども、失業保険をもらっている間はなんとなく家族や世間から許されている雰囲気があったので、今日からはなんの言い訳もきかない真の無職である。 デニーズのパンケーキが無性に食べたくなって、モーニング
もうひとつのテーマは狂気、三篇とも精神のバランスを崩した人間が主人公。 亡き妻フィービー/ドライサー 特に何かを人生で成し遂げたりはしないけれど、幸福を自給自足できる人というのがいる。このヘンリー老人はその極みのように思える。人から見たら幸せな生涯には見えなかったとしても、本人は満ち足り、満足して死んでいければそれがいちばん幸せだよな。 この文章が印象的だった。こういう人だからこそ最後にはフィービーの幻を見て死んでいくことができたのだろうけど、こういう人だからフィービー
「目の眩んだ者たちの国家」という本を読んでいて、面白いことが書いてあったので自分のための覚え書き。 キム・ソヨン「精神分析的行為、その論理的必然を生き抜かなければならない時間-抵抗の日常化のために」の中から。 精神分析学という極めて個人的なところからスタートする学問が、どのようにして社会に還元されていくのか、その一つの回答として書かれた文章。面白かった。 「いまや精神分析は、個人的な問題だけにとどまっていることから抜け出すときが来た(p.193)」とキムは語る。「いま私たち
三篇とも初読の作家でした。 「宿」を軸にしているけれど、イメージはどちらかといえば「漂泊」という感じ。 鳴沢先生/尾崎士郎 つかみどころのないナルザワ先生、謙虚かと思えば不思議に図々しいような、愛嬌があるようで急に一線を引かれるような、独特のキャラクター像。尾崎士郎は漠然と社会主義寄りの作家、というイメージしかなかったのだけれど、少なくともこの「鳴沢先生」においては社会主義を強く作品上でアピールする!というよりも国家という大きな共同体の隙間のひとりの市民の悲哀、という雰囲
三篇とも、信仰・裁判といったテーマが中核をなしているのが面白い。 「劇」という漢字に沿った作品という観点で選ぶなら、もっと他にもある気がするけど、短編で、他の巻に採用している作者との兼ね合いとかも考えだすと意外に難しい。 自分だったら何を入れるかな?ということを考えてみるのも百年文庫の面白いところ。 拾い子/クライスト 昔読んだ時は、もっとニコロは悪意を持って家庭を破壊した人間だと思った印象があったのだけれど、読み返したらそこまで悪辣な人間ではなかった。あまり意志や徳の優
巴里の「巴」はちょっと強引な感じがした。 ここまで一文字で意味を為すテーマに準じてきたから余計に。 このシリーズ、ばちっとハマる巻と個人的にはちょっといまいちな巻があるのだけど、これはかなり当たりで三篇とも面白かった。 引き立て役/ゾラ 「ブス」「一大リクルート」「ニューフェイス」とか、翻訳の現代語感が特徴的で、古典でこういう翻訳はあまり読まない気がするので面白かった。「みにくさを売る会社」という発想や話のテンポ感も相まって星新一みたい。ゾラ、こんな感じのものも書いている
もともと短編集なのに、全部の作家に短編が複数入っていて珍しかった。全部で八篇くらい入っていたのでは。 嘘というテーマも作品にしやすいし、色々な角度で作品があるのが面白い。 革トランク/宮沢賢治 昔読んだときには平太の気持ちになってしまって、最後の父の苦笑にやりきれなさのようなものを感じていたけれど、今読むと父の愛を感じる。 もう一篇の「ガドルフの百合」はとても宮沢賢治らしく、美しい短編でした。 これも前に読んだ時にはよくわからないと思ったけれど、今読むと己の純真を百合
初めて意味を知らない漢字のテーマが出てきた。「てい」かと思ったけれど、これで「おもかげ」と読むそう。漢字一文字で表せるんだ〜という新たな学びでした。 三篇を通して、「とらえどころのない」というイメージが強かった。おもかげは「心の中に浮かぶ姿」という意味だそうで、その曖昧さがとらえどころのなさに繋がってくるのだなと、なんとなく腑に落ちた。 山の手の子/水上瀧太郎 お鶴をはじめ、登場人物はみんな主人公の目線から描かれていてそれぞれの人々の本当の姿は描写されていないような気がす
パリオリンピックが始まりましたね🏆 これを機にフランス熱が高まる方もいるのではないかな〜と思ったので、フランス文学を初めて手に取る方にもおすすめの読みやすい作品を5作紹介したいと思います!いずれも大好きな作品なので、ぜひぜひ読んでみてください~! ①悲しみよ、こんにちは/フランソワーズ・サガン 15歳の夏に読んで本当に衝撃を受けた一冊。 少女の危うさと繊細さをここまで描けるのはサガンしかいません。 作品全体に漂う気怠い空気感がリアルに感じられるのは絶対に夏、この時期に読
安達茉莉子「私の生活改善運動」読みました。 元々、筆者がZINE(ジン)という同人冊子にまとめていたエッセイ集。 「生活改善運動」については、冒頭で筆者自身によってこのように定義されています。 筆者が知人から聞いた「生活改善運動」という概念を自分の生活に取り入れ、少しずつ生活に意識を向けていくさまを綴ったエッセイです。 運動のスタートは家から。 「これは好き?これは?」と友人に聞かれて、特に好きでもないものに囲まれて暮らしていることに気が付いた筆者。 この一文が刺さり
ちょっと隙間時間ができて、何か都内で観たいと思って調べたら、アメリカ印象派展がやっておりまして、そういえばアメリカの印象派ってまったくイメージ無いなと興味半分に行ってみることにしました。 印象派に限らず、アメリカの美術ってポップ・アート、アンディ・ウォーホルみたいなイメージしかなくて、いわゆる「美術」のイメージがあんまりないです。 学校で習ったかな?と高校の教科書、大学の美術史のテキストも取り出してめくってみたのですが、やはりどちらもヨーロッパの作品が中心的に取り上げられ、
久しぶりになんとしても観に行きたかった展覧会。仕事を休んで、平日の昼間から伺いました。 北欧絵画がすごく好き、という認識はなかったのだけれど、振り返ってみると好きな作品には北欧と縁のあるものが多い気がします。 近年の美術展の中でも特に印象に残っているのは2021年のハマスホイ展ですし、東山魁夷に心を打ち抜かれたのも「白夜行」でした。 SOMPO美術館自体、個人的にとても好きな美術館です。 いつ行ってもほどほどに過ごしやすい混雑度合い、万人受けしそうな有名どころをドンと見せ