潮間帯通信社 Tidal zone News agency

私たちはかつて、波打ち際の子供だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 波打ち際を生きるものとして、日々釣りをしながら考えたことを「潮間帯通信」というメディアとして伝えてみます。

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最近の記事

まなざしとしての釣具

 私はふだん、特に好んでルアーフィッシング Lure fishingをたしなんでいる。西欧の水域で生まれ、この列島で独自に深化した疑似餌釣りの主役は、やはりルアーそのものだ。木、プラスチック、金属、樹脂、布などさまざまな素材によって整形され、塗装やコーティングを経て完成する釣具(釣りの道具)。それは企業やプロフェッショナルな職人たちが作り出す商品でもあり、私も多くの場合、市販品を使うことが多い。しかし数年来、私はこのルアーを自作するようになった。釣り人の中には好きが昂じて自作

    • 遠く離れて

       桜が散り、一年で最も干満差が大きい季節が訪れた。エビアマモの緑が磯を彩る。こんなに力強く、美しい緑色を私は他に知らない。生きていれば希望はあるさ、と語りかけるような緑だ。彼らは海の下に隠れてしまうような足場の低い磯に居着いているため、見学するには充分に潮位が下がる必要がある。日中で、さらに充分な見学時間を確保できる季節やタイミングは一年の中でも限られている。ここでは、それはわずか数週間のことだろうか。  エビアマモに目を細めつつ、私はやはり竿を持ってたたずんでいた。磯のサラ

      • だんだん消えていく

         遠い日々を思い出すような夕暮れだった。  さすがの酷暑もいくぶん和らぎ、いよいよ自他の境界が曖昧になる頃合いに、ようやくアジの群れがやってきた。型の小ささが季節を告げている。今日も私は彼らを待っていた。晩酌のツマミになる分を釣ったら、長居せずに帰るつもりだ。  やってることが変わらないな、とひとりごちる。子供の頃と同じいつもの港の同じ場所。そしていつもの魚。子どもの頃、私はやはり同じようにこのひとときを楽しんでいた。安物の竿に釣り針をつけて、エビ餌で小アジや小サバと遊んでい

        • 真鯛と防波堤

           膨大な工業力によって作られた全長数kmにも渡る巨大な沖防波堤。それは太平洋が作り出す波の巨大な力を鎮め、船の安全を確保するために必須の港湾施設だ。海辺のほとんどが外洋に面するこの土地では、かつて海運はおろか漁業に従事することも多大な苦労が伴った。港のない砂浜で船を出すためには、枕木を設置し船を上げ下ろしする「沖出し」が必要となる。上半身を水につけて行うその作業は、特に厳冬期には深刻な苦痛を肉体に与えた。その苦痛、そして台風や高潮などの悪天候に伴う船の喪失、避難港が存在しない

          善く釣ること

           数日間続いた寒波がぴたりと止んだ。心なしか暖かく感じる夜に、私はひっそりと釣竿を持ち出す。春泥はまだ遠いが、一足先に海の中では春告魚ともよばれるメバルの荒食いが始まり、水面は漂うプランクトンを追いかける炸裂音で賑やかだ。誰もいない漁港に、磯場に、そうして私は立っている。先人がそうしたように。そして後から来るものがそうできるように。  魚釣りはそれほど難しい行為ではない。手頃な道具を持って水辺に立てば、なんやかんやで魚は釣れる。しかし特定の魚種、特定のサイズを狙うとなると話

          交点の銀鱗

           私が普段釣りをする水域は、鹿島灘と呼ばれる太平洋の海域と、そこに対し逆弧を描く関東平野に広がる汽水域とに大きく分けられる。この二つの水域を貫通して生きる魚の代表がスズキだ。塩分濃度の変化に耐性を持つ彼らは、太平洋や平野部の汽水域、ときには完全な淡水域である河川上流部までも到達し、各水域を縦横無尽に泳ぎ回っている。  私がこの魚の姿を追うようになってずいぶん経つ。厳冬期のセイゴや春先から初夏にかけアミやハク(ボラの稚魚)を追うフッコ、夏の磯スズキ、そして秋の汽水湖を悠々と泳ぐ

          吹く風の意味

           海上は時化が続いている。長周期の大きな波が自らの体を維持できなくなり白く砕け散った。その力は砂浜を洗い、磯を洗い、港を洗う。魚も姿を消してしまい、私は途方に暮れていた。  そんな日々が続く中、突然凪が訪れた。  合図は風向きだった。冬に向けて北東風や北西風が吹き続ける肌寒い陽気の中に、少しだけぬくもりを感じる。一瞬ではあるが、穏やかな南風が吹いたのだ。ホコリをかぶりそうになっていた竿を持ち出し、私は夜半の海へと駆け出した。その道中、やはり同じ考えの釣り人たちの影がちらつ