ブックレビュー「熱帯」森見登美彦(著)
森見登美彦 「熱帯」文春文庫 554頁 ★★★★☆
森見登美彦が、久しぶりに贈ってくれた大長編ファンタジーである。この「熱帯」は直木賞候補作にもあがったが、結局「高校生直木賞」という知られざる賞を受賞した作品でもある。
森見登美彦といえば、2007年のラブコメファンタジーの傑作「夜は短し恋せよ乙女」が有名。我輩としては、妄想好きでビンボー学生が主役の「四畳半神話大系」や、タヌキが主役の「有頂天家族」も大好きだ。しかし2009年6月~2010年2月に朝日新聞夕刊で連載していたときの「聖なる怠け者の冒険」は、前代未聞の大失敗作だった。しかし、その後全面改稿して2013年にやっと出版した「聖なる怠け者の冒険」は、とんでもなく面白い作品に生まれ変わっていたので安心したもんだ。
で、この「熱帯」は、誰も最後まで読んだことがないという謎の本を巡るお話だ。最初はミステリーかなと思って読んでいると、途中からは森見登美彦らしいファンタジーに変わっていく。いわゆるメタフィクションらしい書き方なのだが、謎が謎をよぶ重層的な構造になっており、先の読めない摩訶不思議で不可解でもある小説だ。
『謎の本』がテーマの小説は昔から多数ある。我輩が好きなのは、1997年に出版された恩田陸の傑作ミステリー「三月は深き紅の淵を」という、素敵なタイトルの連作短編集だ。これこそ『ものがたり好き』のための物語と言い切れるのだ。そういえば1980年の世界的ベストセラーであるウンベルト・エーコの名著「薔薇の名前」は、14世紀イタリアの修道院を舞台にした奇怪な事件のミステリー小説だが、ここでも読むと必ず死ぬという謎の本が登場していたな。
最近は専門書ばかり読んでいたので、子供のころから大量に読んでいた小説からは、しばらく離れていた。しかし久しぶりに小説を読んでみると、面白いもんだ。ロジックだのデジタル思考などとは、真逆の世界にあるファンタジーも、また良いもんだな。
ま~とにかく、この小説は「千一夜物語」をモチーフにした、本好き・小説好き・物語好きのための「お話」なのである。一度読み始めたら、現実世界に戻れなくなる魔法の物語なのであった。
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