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【連載小説】公民館職員 vol.16「嫌われ者は誰?」

お店に入るとおっさんはいつもの通りに生ビールを2つ頼む。

「乾杯」

と言うとグラスをあわせて飲み始めた。今日は中華、シェフのおまかせコースである。

前菜にしゃけのカルパッチョが出てきた時に、おっさんがおもむろに口を開いた。

「なぁ、俺がおらんようになっても、お前は一人で大丈夫やな?」

「ちょっ……田尻さん、一人にって、どこかへ行っちゃうみたいなこと言わないでよ、飲も飲も!」

「大丈夫ならええんやけど……」

このときの言葉の意味を後から知ることになろうとは、このときは思いもしなかった。

おっさんはいつものように飲んでいたし、私も遠慮なくいただいていた。

途中からお酒は紹興酒に切り替えて、楽しいディナーをすごした。


おっさんと私の間には、男女の関係はなかった。嘘だろーとか思うんだろうけど、ほんとのことなのだ。

ただ、会って一緒に飲むだけの関係は、親友にちかいものだったかもしれない。



仕事の方は四半期の準備をまったりと進めていた。

今月のテナント使用料を徴収するため、私は書類とにらめっこしていた。

やがてできた書類を決裁に回すと、すぐOKが出る。

三ヶ月に一回は作っているので慣れたものだ。

徴収の伝票を持って、二階の婦人会へと足を運ぶ。

すると、事務所を共同で使っている地域公民館連合会の中村さんが、お茶を飲んでいけという。

今日はお客様の差し入れで長崎カステラがあるというのだ。

ありがたくいただく。


話をしているうちに、ちずるの話になった。

「あの子はなんであんなに愛想が悪いんだろうね」

おっと、ここで加担してはのちのち仕事がやりにくくなる。

「ちずるは真面目だから」

とフォローを入れる。

「ユキちゃんはこんなおばちゃんたちの話も聞いてくれるのにねぇ」

だって私の仕事はみんなが仕事しやすいように調整する役だと思うから。

早々にカステラを食べ終わると、ごちそうさま、と席を立った。


「いつもご苦労様」

といって、婦人会と地域公民館連合会のテナント料金を預かる。

私はいつも銀行に毎日いくので、こうしてお金を預かることも多い。

みんなの信頼できる人でなければな、と思いつつ、三階の子供会にも徴収書を持っていく。子供会はいつも自分で入金にいってくれるから、徴収書類を渡すだけでいい。楽チンだ。

子供会の人たちからも、自分が好意的に思われていることは感じる。子供会は三階にあるため、めったに人が寄り付かないし、一階に手続きにくることも少ない。

だから、ちずるのことは何も知らない。


ちずるとギクシャクしていることには誰も気づいていないようだ。よかった。


お昼にはお昼ご飯を食べにおいでと清掃員の植田さんが言ってくれる。


わたしにとってみんな大切な仲間だ。そして私のすべきことは、そんな仲間が快適に仕事ができるように気を配ることだ、そう思う。


植田さんと食事中、ちずるの話が出る。

「あの子は損をする子だね。あんたみたいに立ち回れればいいんだろうけどね」

「私、そんなに立ち回ってるように見えます?」

「ものの例えだよ!逆にあんたは人に気遣いしすぎててあたしゃ心配だよ」

「……ありがとうございます」

植田さんの言うことはいつも正しい。こんなところで清掃員をしてなくても、もっと仕事はあるだろうに。

いや、清掃員に偏見をもっているわけじゃないの、もっと機転を利かせるような職場、そういうのがあってもいいかなーなんて思ったりするんです。彼女は私の第二の母ですから。


そんなこんなで日は過ぎ、九月になった。


九月に入ってすぐに、おっさんから食事のお誘いがあった。今回は以前行ったフレンチだ。

私はその日を楽しみに仕事をした。

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