【連載小説】公民館職員 vol.36「峠」
進藤さんの次は長沢さんのご両親の説得だ。
長沢さんは少し遠方に実家があるということで、来週末に伺う予定にした。
◇
植田さんはまだ意識が戻らないらしい。
ヘルプの清掃員さんに連絡先を聞いて連絡してみることにする。
電話してみると、息子さんがとても沈んだ声で出る。私が事情を話すと、面会させてもらうことになる。
花束を持ってICUへ向かう。植田さんが好きだと言っていたガーベラをたくさん花束にしてもらった。
ただ、ICUには必要がないというか、邪魔なだけだった。私はほんとにそういうところに疎い。
私が行くと息子さんが出迎えてくれる。
「母ちゃんから話はよく聞いてました」
と言ってICUへ通してくれる。
私はICUに入ると植田さんに駆け寄った。
恰幅のよかった植田さんが、嘘みたいに痩せこけてしまっていた。
「俺がもっと早く気づいていたら……!!」
と息子さんが言う。
「そんな、あなたのせいじゃありませんよ!ご自分を責めないでやってください」
私にはそんな言葉しかかけることができなかった。
第二の母。植田さんはまさにそんな存在だ。
植田さんはいつでも私の味方だった。私が振られた時は叱咤して励ましてくれたし、仕事の極意なんてものも教えてくれた。
その植田さんが、今、こんな姿に……
私は毎日お見舞いへ来ていいかと息子さんに尋ねた。息子さんは承諾してくれる。
私はそっと植田さんに、
「また来るからね」
と言ってICUを出た。
次の日も、その次の日も私はICUに通った。
そして四日目。
私が植田さんに話しかけると、瞼が痙攣するかのように動いて、植田さんが目を覚ました。
まだ何がなんだかもわかっていないようで、私は急いでナースに知らせた。
「峠は越えましたね」
と医者が私に言う。
私は大急ぎで息子さんに連絡をとる。
息子さんは慌てて、こちらへ向かうとのことだった。
「植田さんー!よかった!よかったよー」
私は鼻水を垂らしながら泣いて喜んだ。
まだしゃべれないし、手もなにも動かせないようだったけど、目がきちんと私を追ってくれた。
私は植田さんに、花瓶を見せる。すると心なしか、植田さんが笑ったような気がした。
息子さんが来て、看病をバトンタッチして、私は家に帰った。
植田さんはこれからどのくらい動けるのかなどの精密検査があるらしい。
できるだけいい結果が出ますように、と心に思いながら帰路についた。
◇
今日は長沢さんのご両親に話にいく日だ。
私もスーツにした。先日進藤さんの家に行ったときに、一人だけ私服でバランスが悪かったからだ。
進藤さんのご両親は、いまだに口をきいてくれない日々が続いているらしい。当然といえば当然か。
長沢さんの家はモダンな建物で、おしゃれな長沢さんにはぴったりだった。
長沢さんがただいま、と言って家にはいる。
「「おじゃまします」」
と言って恐る恐る玄関に入る。
お母さんがスリッパを並べて、どうぞ、と言う。
長沢さんのお母さんは、おしゃれでマダムという感じ。お父さんはロマンスグレーな感じ。どちらも若い感じだった。進藤さんのご両親とは全く違っていた。
「親父、お袋。紹介したい人を連れてきた。」
そういうと、ご両親は当然私を見る。
いやいや、違うんですよ、私は付き添いで……
「俺の彼氏の進藤くんです」
「進藤です。初めまして」
最初ご両親は意味がわからなかったらしく、頭にクエスチョンマークが並んだ。
「で、紹介したいって、紹介してどうするんだ?」
お父さんが意外と冷静なことに驚いた。
「俺たち、結婚したいんです」
長沢さんが言い放った。
お母さんも困惑気味だったが、
「進藤さんのご両親は、なんておっしゃってるの?」
と聞いてきた。
進藤さんが口を開く。
「僕の両親は反対してます」
そりゃそうよねぇ、という空気が流れる。
「結婚したいんですってことは、よその国に行くってことか?」
「うん、でももちろん住むのは日本で、と思っているよ」
「俺が許さんと言っても、どうしても一緒になりたいんだろう?」
「はい」
「それだけか?」
「えっ?」
「話はそれだけかと聞いている」
「はい、それだけです」
するとお父さんは怒るでもなく、
「日にちをくれ。少し考えたい」
と言った。
実にスムーズに話がいきすぎていて気持ち悪いくらいだったが、こうして長沢さんのご両親も知るところとなった。
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