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【連載小説】公民館職員 vol.18「11月」
おっさんへの失恋は、なかなか後を引きずった。
未だに電話やメールはしているけれど、いつか忘れないといけない。それがいつかはわかりはしないけれど。
12月は学習発表会がある。そのため、11月から準備に余念がない。
私は今日は1日、パンフレットの印刷とそれを2つ折りにする作業をしている。
地味な作業だが、私は意外と好きだ。こういう縁の下的な作業ほど熱中する。
途中少し甲斐くんも手伝ってくれた。
ちずるはいつものことで見向きもしてくれなかったけど。
甲斐くんは意外と気遣い屋さんだ。買い物に行くときも必ず誰か何かいらないかと聞いてくれる。
私は何回かタバコを頼んだ。
昼休みにどこかへ行くときも必ず場所を言ってくれるので、非常に仕事しやすい仲間だ。
でも、それ以上の気持ちは持てない。彼が既婚者ということもあるが、平野さんのときの痛手がまだ残っているのだ。
一生忘れていたい黒歴史。
昼休みに植田さんに誘われて清掃員室でタバコをふかす。これもまた私には居心地がよい理由の一つだ。
「ユキちゃん、あんた最近元気ないけど、失恋でもしたかい?」
植田さんはさすが、鋭い。
「うん、ちょっとね……失恋した」
「あんた男見る目がなさそうだもんね」
「そんなことはないけど」
「そうかね、コピー屋のときも、あたしゃ反対したからね」
「今回は振られたというか、相手の仕事の都合というか……」
植田さんは煙を吐き出すと言う。
「あんたが好きになる男はあたしがチェックしてやるからね、ここに連れておいで」
私はタバコに火をつけつつ
「平日にこんなところに来れる彼氏って、どんだけ」
そして二人で笑いあった。
翌日も印刷と折り込み。
地味な作業だけど、みんなの気持ちが入っているからね、手は抜かない。
館長が刷りあがったパンフレットを手に取った。
「あ、それどうぞ」
館長は
「ありがとう。はかどっているね」
と声をかけてくれた。
その時、講座生が一人やって来て言った。
「先生、パンフレット間違ってます……」
一瞬私は固まった。もう結構な量刷りあがっていたから。
先生、というのは、社会教育主事の先生のことだ。主に教師が出向の形で配属される。社会教育主事になったあとは教頭、校長、という線路が敷かれている。
先生がもう一度確認してみるが、提出された紙には今の印刷分と同じ紹介文が書かれている。提出する前に間違っていたらしい。
先生はわかりました、というと、刷り直しをするように私に頼んだ。
ここ二日の仕事がパァですが、仕方ない。もう一度作り直して印刷にかけた。外注していなくてよかった。
四半期の仕事もテナント料の仕事も終わらせていたので特にすることもなく、それゆえ印刷に没頭することができた。
私、内職向いてるかも。
作業に没頭していると、お客様が来たよ、と声をかけられる。
お客様?と思いながら受付へ出ていくと、菅山が来ていた。
「よぉ。なんか忙しかった?」
「ううん、暇なくらい。だけど今日はどうしたの?」
「外勤がこの近くだったから寄ってみた」
外勤が、ってここは本庁から徒歩10分かからない位地にあるのに。
「コーヒー、飲む?缶コーヒーだけど」
と私が声をかけると、
「おぅ。ありがとな」
と言う菅山。
缶コーヒーを片手にしながらタバコに火をつけた。
「……何かあったの?」
と聞くと、
「ちょっとな」
と返ってくる。
「何があったのか、聞いていい?」
「うん……俺、失恋しちゃってさ」
「失恋?」
「同じ課にいる先輩。今度結婚するらしいんだ」
「じゃあ、告白とかもまだしてないんだ?」
「それが救いだったよ。何だかそしたら佐藤さんの顔を思い出してさ。それで寄ってみた」
人生いろいろとはよく言ったもので、ほんとに、何でもうまくいくことなんてない。
菅山の姿は自分の姿に見えた。
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