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【連載小説】公民館職員 vol.12「デート」
おっさん、なかなかいい趣味をしている。
お店は少し古めかしい建物の二階にあった。
使い込まれたようなドアをあけると、ほのかにいい香りがする。
四つしか席がない。
一番奥へと通される。
テーブルにはリザーブの札が置かれている。
こ、こ、この席?この席って特等席じゃない?二階のガラス窓に面したこの席からは、薄いカーテンを通して、行き交う人々の姿を上から眺めることができる。
メニューを持って来る。
「お飲み物いかがされますか?」
と聞かれ、おっさんは
「いつもの赤だしたって」
「かしこまりました。お客様はいかがされますか?」
「あの、えっと……度数の弱いお酒ってありますか?」
「それでしたら、アップルシードルをお持ちいたしましょうか?」
「あ、はい、それで……」
フレンチなんて来たのは超久しぶり過ぎて、ワインの良し悪しなんかわからなくなっていた私には、シードルでちょうどよかった。
「えっと……お名前度忘れしちゃって……すみません……」
テヘッと可愛く聞いてみた。もうかわいこぶる年齢じゃないんだけど。
「わしか?わしゃ田尻だよ。ほうか、こないだ飲んどったからわからなかったか」
すこしだけ関西っぽいしゃべり方をする田尻さん。
「田尻さん、東くんはなんて言ってました?」
「ん?ストーカー女を打ちのめしただの、何だのいいおったな」
「あのちくしょう!」
「あのメアドは間違いなく東のもんだよ。めんどくさい女にはいつも使う手や」
「私、そんなにめんどくさい女でしたかね……」
「まあ、確かに返事もないのに空気読まんと、毎日メールがきたら、さすがに、なぁ」
「田尻さんって正直なんですね」
ここで前菜が運ばれてきた。
アボカドとマグロのテリーヌ。
一口で食べてしまった私に、おっさんは嬉しそうに言った。
「稀に見るいい食べっぷりやな」
「あ、私、マナーとか詳しくないんで」
「旨いと言って食べること、それ以上のマナーなんて必要ないよ」
「田尻さん、慣れてますね」
「わしはフレンチは大好物やからな、週に一度は来るよ」
「そんなに?!」
おっさんの意外な一面にびっくりしつつ、食事は進んだ。
その後は、さんざん東くんの文句を聞いてくれて食事は終わった。
「よっしゃ、次はどこいこか?」
「カラオケとか?」
「いいねぇ、行くか!」
私は久しぶりに羽をたくさん伸ばした。
おっさんは全部奢ってくれた。だからといって気分がよかったわけじゃなかったけど、おっさんは私を充分に満足させてくれた。
もしかして、と思い念のため聞く。
「結婚とかしてらっしゃるんですか?」
「あはは、わしはバツイチで、子供は母ちゃんが育てとる。それじゃなきゃこんなに自由に金も使えんわ」
「私のこと狙ってたりっていうのは?」
「失恋の痛手につけこむほど、わしは堕ちてないわ」
「そっかぁ、残念だなあ」
「なんやて?」
二人は笑いながら通りを抜けた。
三次会はこの間連れていってくれたバーだ。
「マスター、こいつ今日失恋しとんねや!失恋スペシャルを頼むわ」
私が頼む前からもう注文しちゃってるし。膨れっ面の私をつついて遊ぶおっさん。
おっさんはがっちり私のハートに組み込まれた。
「離婚って、なんで離婚しちゃったの?」
「うーん、なんでやろなぁ……」
「田尻さんが浮気したとか?」
「ないない、そりゃない。そんなにイケメンじゃないからな。なんつーか、フィーリングが合わんかったんや」
「でも、恋愛結婚だったんでしょ?」
「いや、見合いや」
「お見合いかぁ……そこから始まる恋もあるっていうけど、現実じゃそうはうまくはいきませんよってことか」
「まぁ、そんなとこや」
おっさんの話はなかなか面白かった。それこそ、私のハートをわしづかみにしたくらいに。
私はたった一日の間に、失恋して恋をしてしまったのだ。
あろうことに、おっさんに。
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