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【連載小説】公民館職員 vol.7「好きだよ」
平野さんが好きだと気づいてもう2ヶ月が経つ。
相変わらず私は平野さんのロッカーを勝手に開けると上着を着てみたりしていた。いけないことだということはわかっている。しかし、一度出した欲望に勝てるほど私は強くない。
その日、私はきちんと鍵をかけたつもりでいた。
鍵をかけたつもりになって、いつものごとく平野さんの上着を羽織っていた。
突然のことだった。
突然ドアが開いた。
そこにいたのは事務長だ。
私が平野さんのロッカーを開けているところを思い切り見られた。
しかし、事務長はドアを閉めると、
「ユキちゃん、いるなら鍵かけてよ」
と言った。私は慌てて乱雑に平野さんの服を元の位置に戻すと、ぞっとドアを開き、表に出た。
思い切り見られたはずだ。なのに事務長は何も言わない。私は
「お先に失礼します」
と言って職場を出た。
すると、事務長が慌てて公民館を飛び出してきた。
言われることはわかっている。
事務長の方へゆっくりと振り向いた。
「ユキちゃん、人のロッカーを勝手に開けちゃだめだよ」
「はい……」
「いつもそういうことしてたの?」
「……いえ」
「じゃあ魔がさしちゃったんだね。今回のことは目をつぶるけども、次にそういう様子があったときはみんなに話すからね」
「……はい」
私はこの日から平野さんのロッカーを開けることはなかった。
ただ、一度好きだと気づいた心はとめられなくて、私は何度となく平野さんに絡む。必要以上に話しかける。平野さんからしてみれば、よくなついてくる後輩、といったところだろうか。拒否することは全くなかった。
そんなある日、私はやらかしてしまったのだ。
その日は定休日で、明け方まで眠れなくて、よくやく寝付いたと思ったらまた目が覚めて……の繰り返しだった。
うすら起きの私は、あろうことか、平野さんに電話をかける。
「もしもーし?」
平野さんの声がする。
私は、眠気と闘いながらも、その言葉を発してしまった。
「平野さん、聞いてくれるだけでいいれす……」
「うん、どうした?」
「わらしは、平野さんのことが好きなんです。それだけです」
好きなんです辺りから記憶が定かになり始めた。
平野さんは無言で電話を切った。
やべえ、やらかした、と思ったときにはすでに遅く、電話を鳴らしても平野さんが出ることはなかった。
休み明け、顔をあわせるのが気まずい。
とりあえずいつものふりをしてお茶を配る。平野さんもいつも通りに接してくれる。
良かった、嫌われたわけじゃないみたい。
そんな妄想を描いていた私はバカだった。
次の次の日に、資料が見当たらず、外勤中の平野さんに電話をかけた。
資料を探しながらだったから、携帯からかけたのだが、繋がらない。呼び出し音も鳴らず、プツッと切れてしまう。
それが着信拒否だということに気づくまでしばらくかかった。
しばらく電話しても繋がらなかったため、職場の電話から電話してみる。呼び出し音がなる。
このとき初めて私は着信拒否されていることに気づいたのだ。
資料はすぐに見つかった。職場の電話からの着信に平野さんが出たからだ。
私はなんとバカなことをしたんだろうと、うちひしがれた。あの日、寝ぼけた電話をしなければこんなことにはならなかったのに。
表面上はなんら変わらぬ日々が続いた。私が平野さんに話しかけなくなっただけで、あとはなんら変わりがなかった。
ちずるが珍しく外勤することになり、公民館は二人だけになってしまった。
二人だけとは、平野さんと私のことだ。
私は、恐る恐る平野さんに話しかける。
無視される。
当然か。
とりあえず謝っとくだけはしておこう。
「平野さん、先日の電話、すみませんでした。私。なんだかすごく寝ぼけていたみたいで……」
「そう?ならいいんだけどね」
平野さんはそう言いながらも冷たいオーラを発する。
2月半ばのことだった。
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