【連載小説】扉 vol.4 「出立」
勇者は相変わらず見つからなかった。
ポスターを貼る箇所をもっと広げてみよう、と俺は提案した。
今までは国の掲示板にだけ貼っていたのだが、もっと下町にも貼ってみよう、と。
その方が勇者の目につくだろう、と。
俺の命令は王子の命令として実行された。
下町の料理店や、至るところに勇者を探すポスターが貼られた。
すると、しばらくして勇者を名乗る人物が二人現れた。
一人は女性、もう一人は……あの砂漠で俺を救ってくれたあの青年だった。
謁見の間に現れた二人の勇者は、まず、勇者のしるしとして、モンスターの首を捕ってくるようにと王様はいった。
「はい、簡単なご命令です」と言う。
その晩は勇者をもてなす会食が開かれた。
贅沢極まりない会食を二人はよしとせず、質素なものばかりを選んで食べていた。
その心がけは大変頼もしく思えるものだった。
俺はしっかり食ったけどね。
会食も終わり、二人は準備すべしと下がった。
俺は慌てて青年勇者に駆け寄る。
「おぉ、あのときの少年か」
「はい、おかげさまでこうして生き延びることが出来ました。感謝してもし足りません!!」
「お前が王子とはなぁ。こっちもびっくりしたぞ」
「あ……いえ、これには少々事情が……」
勇者は話も聞かずに、
「どんな敵からも俺が守ってやるさ」
と言った。
一週間の期間を経て、勇者たちは帰ってきた。
女性勇者は二つ、青年勇者は五つもの首をぶら下げて帰ってきた。
王様は満足そうにそれを眺めると、ねぎらいの言葉をかけた。
「私は首一つでも充分だったがな!出立までは一週間ある。ゆるりと休まれよ」
勇者二人はそれぞれに身支度をするために宿へ戻っていった。
俺も準備を怠らない。
シンと共に鍛練を続けた。
シンの攻撃は多少手加減しているとはいえ、互角に戦えるまでになった。シンが汗をかきながら、笑顔で言った。
「これならば、勇者がいなくとも、王子はモンスターに勝つでしょう」
俺はその意見を否定した。
「俺なんかまだまだだ。モンスターに遭ったら一撃でやられるに決まってるよ」
実際にモンスターに遭ったことがある、俺の最もな推測だった。
旅立ちの前の日は、身体を休めるべく、訓練はしなかった。
王様が俺を呼んで聞く。
「本当に大丈夫なのか?もし、そなたに何かあれば、この国の国民たちは路頭に迷うことになるが……」
俺は
「勇者が二人もついているのです。大丈夫ですよ。それに私にはシンまでいる。充分やり遂げることができると思います」
「それならよいのだが……」
王様の心配はありがたかったが、俺はこの国にいる意味がどうしても欲しかった。
旅立ちの日。
王様は俺たちにある文を託すとこう言った。
「これからお前たちは、今まで誰も実現させることができなかった夢を胸に旅立つ。夢が叶い、お前たちの誰一人として欠けることなく戻ってくるように、私は毎日祈りを捧げよう」
俺たちは
「ははーっ! 無事使命を果たし帰りつくことをお約束いたします!」
と意気込んだ。
俺たちは旅立った。
よく晴れた日の朝のことだった。
旅立ちは、国民たちにも祝福された。
俺たちはラクダに乗ってその祝福を受けながら旅立った。
祝福は俺の希望により、土下座をすることなく行われた。
国民はみな、俺たちに手や国旗を振って祝福した。
そんな中を俺たちは進んでいった。
国境の扉が開く。
俺たちは名残惜しそうに振り返ると敬礼をしつつ旅立った。
勇者はクリフとフィーナと言った。
勇者クリフは銀髪に青い目をした青年で、色々な地を旅して歩いていると言った。
この国に来る途中で俺を拾ってくれたらしい。
おかげで今の俺がある。
フィーナはこの国出身、初めての旅となる。
フィーナは金髪に緑の瞳を持つ美女だった。
何もなければ口説きたくもなるような、俺のような一介の高校生にはハードルが高すぎる美女だった。
シンは黒い髪に黒い瞳。
だからなのか、俺はシンには懐かしさも感じていた。
この国で親友はと聞かれたらシンです、と答えるほどに気心が知れていた。
俺たちはラクダに乗って一日歩き続けた。
やがては砂漠という際まできて、この日は休みをとった。
持ってきた食料は十日分。
予定では七日間で到着する予定だ。
あくまでも予定だが。
旅の夜にはシンの火属性の魔法が役立った。
集めてきた枯れ枝にシンが着火すると、焚き火ができた。
旅慣れているクリフは、
「焚き火は絶やさず燃やし続けねば、モンスターが寄ってくるからな」
と言って、睡眠は順番に取ることにした。
まずは俺とフィーナが睡眠を取った。
地をならして、そこに寝袋を使った。
地面のゴツゴツした感触が気になったが、一日歩き通しだったためか、いつの間にか睡眠に落ちていた。
俺は図書館にいた。
いつも嗅いでいる本の匂いがする。
俺は歩いていき、ふと足を止める。
ある本を見つけたようだ。
白く重厚な感じのするその本を手にしてしばらく眺める。
そして、その本を―――
開いてはダメだ!!
そこで夢から覚めた。
全身ぐっしょり汗をかいていた。
クリフが、
「やぁ、起きたのか?ならば火の番を変わってもらうかな」
と言ってやってきた。
俺は、
「あ、あぁ」
と言って火の番を変わった。
久しぶりに見たあの夢――
今までは思い出すこともなかった、あの世界の夢……
寝床が悪かったせいで思い出したのかな、と考えて気にすることをやめた。
フィーナも起きてきた。
「眠れましたか?王子」
王子とは一体誰のことだろうかと思ったが、すぐに自分のことだと思い出した。
「あぁ……夢を見たよ」
「夢?どのような夢でしょうか?」
「昔俺が住んでいた場所の夢」
そういうと、俺は焚き火に枯れ枝をいくつか放り込んだ。
「懐かしい夢を見られたのですね……」
フィーナはそう言うと、枯れ枝を数本投げ入れた。
「懐かしいというより、怖かった、かな」
俺は返事をした。
「怖かった?なにか嫌な思い出でもおありになるんですか?」
「ん、まぁ、ちょっとね」
フィーナは俺の顔色が優れないことを心配していた。
「火の番でしたら、私がいたしますので、王子はもう一眠りなさってください」フィーナが言うが、俺はまたあの夢を見ることが怖くて眠る気にはならなかった。
あの本を開かなかったら、今頃家でごろ寝でもしつつ、本を読んでいただろう。
この世界も嫌いではなかったが、懐かしさの方が勝って、俺はさっきの夢をもう一度思い出していた。