旅へと誘う出逢いに紡がれる。
会社を辞めて旅に出てからおよそ3ヶ月。
イギリス・ロンドンからヨーロッパを巡り、海を渡ってモロッコ、さらに陸路でサハラ砂漠に向かった。
そして、高校生の時から憧れ続けた場所に10年かかってようやく辿り着いた。
砂の世界へようこそ
運転手のアブドゥさんに青いターバンを巻いてもらう。
ベルベル人のような見た目になり、気分が上がる。
砂漠の入り口から砂丘に向かって歩き出す。
まだ、地面は固く、砂漠に立っている実感はない。
これからラクダに乗って砂漠のキャンプに向かう。
しばらく歩き続けると黒い塊が規則正しく並んでいるのが見えた。
私たちを砂漠に連れて行ってくれるラクダたちだ。
近くで見ると思ったより黒い。
オーストラリアで見たラクダはもっと黄色かったような。
ここでラクダに乗るためにこれまでラクダに乗ることを頑なに拒否してきた。
ようやく念願叶って、サハラでラクダに乗ることができる。
ラクダの背は乗り心地が悪い
初めてのラクダは結構大変だった。
ラクダが立ち上がる瞬間、お折りたたんだ足がぐんっと立ち上がる。
前にグッと揺さぶられた後、今度は後ろに傾いて投げ出されそうになる。
何度か乗り降りしたが、一向に慣れる気配がなく、毎回声を上げてしまった。
おまけに乗り心地は聞いていた通り全然良くない。
お尻は痛いし、砂丘の起伏が来るたびにずり落ちそうだった。
しかし、ラクダの背中は温かくて安心感があった。
風と砂の音
ラクダの背に乗って砂丘を進み、気分は交易に出かけるキャラバン。
あたりは見渡す限り砂。
足元にはキャラバン隊の影法師。
ラクダを降りて砂漠に立つと、ふわっと重さが吸い込まれていく。
前を見れば木も草も水もない。
人も車も街もない。
聞こえるのは風の音と砂が流れる音だけ。
風の力で刻まれる風紋がそこかしこに現れる。
地面近くまで顔を近づけると、さらさらとした砂が風下に運ばれていく。
今一度、目の前の景色を眺める。
本当に砂漠だ。
サンドボードに挑戦
夕方に近づく頃、キャンプ付近で自由時間になった。
みんなで写真を撮ったり、砂丘を駆け上がったりして思い思いに楽しむ。
そんなことをしているとどこからともなくスノーボードが運び込まれ、みんなでやる流れに。
砂丘でやるスノーボードは、サンドボードになるのか。
外国人メンバーは割と上手かった。
ドイツ人のお姉さんはガチのスノーボーダーだったからノリノリだ。
「さあ、君もやるんだ」と声をかけられる。
でも、大丈夫、私はスノーボードをやっていた。
滑れるはずだ。
それに砂漠の地面は柔らかい。
サンドボードに足を乗せると徐々にスピードを上げて砂丘を下っていく。
なんとか最後の方までボードに乗っていられたが、あと一歩のところで転倒。
転んだ時にお尻にものすごい衝撃がきた。
砂漠の地面は柔らかいと思ってトライしたのに固すぎて引いた。
ラクダ乗りでお尻が痛くなっていたから追い討ちをかけられたようだ。
ベルベルミュージック
砂漠のキャンプで夕食を取った後には、焚き火を囲んでベルベルミュージックを聴いた。
誰からということなく、自然にダンスが始まる。
私も立ち上がって一緒に踊り、時にはタムタム太鼓という伝統的な楽器でリズムをとった。
暗闇の中にぼんやり浮かぶ人々の姿は、この砂漠のどこかで同じように焚き火を囲む人々の姿を連想させた。
一通り催しが終わると一人で近くの砂丘に登ってみた。
真っ暗で何も見えない、聞こえない。
でも、星空がとても綺麗だった。
朝日が登って、さようなら
早朝、意を決して一眼レフをジップロックから出す。
風が強く、砂が辺りに舞っている。
これから砂漠での最後のイベント、朝日だ。
サハラ砂漠の砂は粒子が細かいので、カメラに入ると故障の原因になる。
十分な対策をせずにきてしまった感はある。
でも、ここでカメラを出さずしていつ出すのだ。
カメラを片手に砂丘を登り始めた。
途中でニールさんと合流し、二人で頂上を目指す。
息も絶え絶えになりながらひたすら上へ。
頂上、まだ暗い砂漠の奥から光の筋が現れている。
徐々に太陽が昇り始め、色のなかった砂漠をオレンジ色に染め上げていく。
いつの間にか撮影をやめて見入っていた。
ああ、長い旅が終わって、新しい朝が来たんだ。
そんな気持ちがした。
旅の終わり
高校生の時に夢見た砂漠は、静寂に包まれ、生命が感じられない孤独な場所に思えた。
あの時はきっと独りになりたくて、静かな場所を探して、誰もいないところで自分を確かめたかったのもしれない。
実際来てみると風と砂の音しかしない静寂があった。
生き物も見当たらない。
しかし、それだけではなかった。
周りには明るい声がする。
今は仲間と一緒に旅をしているから。
静けさしかなかった私の砂漠は、今は賑やかな砂漠に変わっていた。
この旅で憧れるばかりだった遠い土地を自分の足で歩いた。
SNSやネットに溢れている綺麗で整えられた非現実的な風景じゃない。
彩度やコントラストが薄くても本物が生きている世界。
ふとした瞬間、目で捉えている景色がピタッとハマる。
自分だけのフレームサイズ。
立ち止まって、焼き付けて、また歩き出す。
そんなことを繰り返して進んだ。
憧れの世界を解き明かしていくとそれは現実。
蜃気楼のように見え続けたものは、いま手の中にある。
いつだって求めれば、砂漠への扉は開かれる。
旅を始める理由は、旅へと誘う出逢いに紡がれる。