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【連載小説】公民館職員 vol.14「ちずる」
おっさんはいつも私の話を聞いてくれる。私はいつも甘えている。
対照的に、おっさんは仕事の話は全くと言っていいほどしない。いつも映画の話とか、音楽の話とか、そういう話が中心。
私もそこに安心する。
公民館では運営審議委員会の準備が着々と進められていた。
私は来館者の数字を担当する。
春頃に、嘱託のおじちゃんがパソコンを導入してくれた。
それにより来館者数は飛躍的に統計をとりやすくなった。
もちろん、導入前の数字は一つ一つ、エクセルに入れ込み計算をする。
結構な時間をそれに費やした。
他の館ではまだパソコンを導入できているところはなかったから、うちの作業はずいぶん楽チンだったと言える。
各館の情報を元に、来館者数を割り出していった。
面白いほどその館の傾向がはっきりわかる。
わが中央公民館では、夜間の講座にもそこそこ人がきているが、東の果ての龍田公民館では、夜はガクンと数字が堕ちる。その代わり朝の講座の数はうちの館と並べても遜色ないほど来館者がある。
担当している図書室にもにたようなパターンがあった。
図書室の数字は参考程度にしか載せないが、中央では比較的若い二十代が少し借りていっているが、龍田では、三十代、親子連れが多く借りていくようだ。
わが館の夜の統計が若い人が多いのは、数年前までヤング講座という取り組みをしていたからで、その名残として、若い人の来館が夜に集中している。
比べれば比べるほどに面白い仕事である。
そんな話をおっさんに聞かせる。
「守秘義務とかないんか?」
一度おっさんから聞かれた。
「さあ、でも審議委員に提出するわけだから外向けな情報じゃないかな」
「そんなもんかねぇ」
おっさんは笑いながら私の話を聞いてくれる。
やれ分析などとわめきたてる私によく付き合ってくれる。
――数日後、運営審議委員会は行われた。
相変わらずコーヒーガールな私。書記をしているちずるとはダンチの差である。
一番したっぱというだけでこの待遇の差。
もちろん一番年下なのは甲斐くんなのだが、男性はコーヒーガールから除外される。
それを男尊女卑というのかは知らないけれど、なんとなく不満はあった。
だが、これも仕事の内。
私は頑張って十三人の委員にコーヒーをついで歩く。
会が終了し、いろいろな館の館長や委員が事務室内にやって来る。
そこでも必死にお茶汲みをする。
ちずるはというと、自分の席に座り、なにか作業をしている。
そっちが急ぎじゃないんなら手伝ってよ!爆発しそうな気持ちを抑えて頑張った。
おかげさまで、いろんな館長が私を覚えていてくれた。
それだけでも充分か。と、私はちずるのことは諦めた。
ちずるとは新規採用の時から一緒だった。次に配属された市民課でも一緒で、過呼吸もちのちずるに代わって、私が怒鳴られることもしばしばあった。
一歩先に私が龍田公民館に配属になり、後を追うように琢磨(たくま)公民館にちずるは配属された。
私たちは仲良しだった。
だから、琢磨公民館でのトラブルのときは駆けつけたし、それが当たり前だと思っていた。
その逆はなかったけど。
一旦職場が離れた職場になったが、月に一回のカラオケ大会には必ず参加した。
そして再び同じ職場になった。
そのときには、微妙に関係の差ができていた。
ちずるはずるいから、仕事をしているふりをしてさぼるのはお得意だった。
それでも文句を言わないのは、ちずるが与えられた職務だけは全うしていたからだ。
彼女の中には助け合うという文字はなかった。
ただひらすらマイペースにことを運んでいた。
事務長たるものが、この温度差に気がつかない訳がなかった。
私たち三人はそれぞれ呼び出され、事情聴取が行われた。
のんびり屋の甲斐くんは気がつかなかった問題かもしれない。
でも、私が不満を持っているということは、事務長が一番わかっているはずだ。
事情聴取の際に、これはあくまでも参考資料として聞くのであって、聴取したからといって変えることはできないかもしれない、と前置きされた。
その上で、私は熱弁をふるった。
相討ち覚悟だった。
しかし、話は簡単に収まってしまう。
ちずるが、今後他の業務も請け負うと言ったのだ。
つかぬ間の勝利だった。
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