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【連載小説】公民館職員 vol.9「清掃員室」
銀行に間に合った私は、すぐに保険会社に連絡を取り、来館の依頼をして本庁を出た。
本庁からはとんと近くにある我が公民館。
今年も忙しくなりそうだ。
平野さんが異動した後には甲斐くんという一つ年下の青年がやって来た。
中肉中背、爽やかな青年だ。結婚しているらしく、左手に指輪が光る。
私の触手が動く相手ではない。よかった、と少しホッとしている自分に気がつく。平野さんのときは痛い目見たからなぁ。
公民館に帰るとしばらくして保険屋がやって来た。少々の雑談のあとで、契約締結の印鑑を押す。この保険屋さんと私、実はなかなか長い付き合いだったりする。新採の職場の次の職場のときに担当保険屋となり、以来ほとんどの職場で一緒だ。
こうした館の保険は意外と安い。皆さんが想像する額の1割くらいかもしれない。
しかし、以前にも数回保険を使う機会があったが、どれも丁寧に仕事をしてくれた。
感謝しているが、担当さんの名前は忘れてしまった。
保険屋さんにお礼を言って応接間から見送ると、次はコピー機の契約だ。
東くんは保険屋が出ていってまもなく、まるで見計らったように来た。
私が決裁をして印鑑を押した書類に目を通すと、間違いないことを確認した。
しばし雑談となる。
本来はすること山積みで雑談などしている余裕はないのだが――
雑談ついでに東くんのメアドをゲットした。
我ながらよくやったものだ。どういう筋から話をしてそうなったのか、携帯のメアドを交換していた。
これは好印象を抱かれているのに違いない。
私の妄想は瞬く間に広がって、
「最初に会ったときから運命だと感じていたよ!」
「わたしもよ、ダーリン」
「二人であの小さな家で暮らさないか」
「素敵!」
などと二人の今後を想像した。
話が飛躍しすぎてる?そんなことはない。
だって現実に目の前で、メアドを教えた東くんは笑っている。
数十分雑談したあと、彼は帰っていった。
私は満足しながら山積みの書類に手をつけた。
まずはうちの公民館に入っているテナントのテナント料金を計算する。
これは例年同じなので、年度を書き換え、複写して添付書類とした。振込書も印刷して出しておく。
公民館の使用料は前納が絶対である。入金が明日になろうと、今日中に決裁を受けなければならない案件だ。
これも決裁に回して、館長の決裁を私が代理で行った。
今日中に終わらせなければならない決裁を全て私が代理で行った。
よかったのか悪かったのか……とりあえず失敗はなかった。
パソコン慣れしていない世代にこのシステムは厳しい。一年やって、やっと出来たくらいだ。私は元々パソコン慣れしていたので、なんとか理解したが、決裁の途中で追加資料を付け加えたいときも、いちいち担当者まで差し戻しをせねばならなかったので面倒だ。その差し戻しも、いまだに補佐以上はついていて説明をしないと出来なかったことだった。
表面上、紙資料をなくしていこうという方針だったが、まだ紙の資料をつけなければならない状態だ。
それはそうと、東くん。
メールするけど、返事は三通に一回くらいしか返ってこない。
忙しいのかと思い、無理矢理納得しようとする。
でも、勤務時間外になら返事があってもよさそうなものだが、一切返事がない。
私は持ち前のポジティブさで、これを乗り切ろうとしていた。
清掃員の植田さんから、
「お昼一緒に食べない?」
と誘いを受けた。
喜んで清掃員室へ行く。二畳ほどしかない清掃員室は、私が来ると一杯一杯になる。
いつもはお昼、窓口に来たり電話応対をするのは私だけであり、私が席を外すのはタバコのときくらいなものだった。
それを今年度から、昼の窓口と電話は当番制になったため、どこで食べても自由になった。
そこを察してのお誘いだった。
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