【連載小説】地獄の桜 第三十二話
「こちらこそ、Saylaさんにお会いできて幸せです」
セラピーはしめやかに行われていった。僕はSaylaさんに全てをコントロールされるかのように、深い呼吸の中に満たされた時間の中へ没入していった。目を閉じた瞑想状態で、宇宙の中に迷い込んだような暗闇と呼吸の中に一切は寂滅し、僕の意識はただ一つ、Saylaさんの呼吸をなぞることのみ、そこに一切の雑念もなかった。
マッサージに移ってからは、僕の変性意識状態は徐々にほぐれ、次第に僕はSaylaさんの話し声が聞こえるようになってきた。
「……聞こえますかー?」
「あ、はい」
「……あぁ、良かったです……。素晴らしい集中力ですね……」
「ありがとうございます」
「とんでもないです……。ただちょっとマッサージをしていますと……腰が……よいしょ……かなり凝ってますね……」
「はい、実はそのために来ました。例の配信サイトで知って」
「ああ、そうだったんですね……ありがとうございます……」
「最近、腰がひどく痛いんで、仕事で絵を描く時間が長いもんですから、それかなと思いますけど」
「画家をされていらっしゃる……?」
「そうです」
「それは素晴らしいですね……! 何かを表現する仕事というものは……私も今までずっと関心を持ってきていました……。
ただ、何か他にもお困りごとがあるように感じます……。
先ほどの瞑想の時間に……チャクラの状態を確認していたのですが……そしたらどうも……胸のあたりのチャクラの状態がかなり悪いようで……。
いわゆる第四のチャクラ、アナハタチャクラと呼ばれるところですが……それが閉じてしまっている状態なんですね……。
この状態では、自分本来の自然な感情を感じることが出来なくなってしまうのです……」
「その状態には、心当たりがあります」
「どういった……」
「失恋を、しました」
「……」
Saylaさんとの会話が一瞬途切れた。キャンドルのライトはそれを不安げに見守っているかのように少し大きく揺れた。
「失恋ですか……。
配信ではご存じの通りかと思いますが……私も恋多き女ですので……。
もし必要であれば相談に乗りますが……」
僕はSaylaさんの言葉に何というべきか、一瞬迷った。
というのも、配信を初めて見てまもなくここを予約したので、今までも配信は三回位しか見ておらず、そこまでの情報も全く収集出来てなかったからだ。
「いや、知りませんでした。配信は三回ほど見ただけなので」
「それでここまで辿り着いたなんて……素晴らしい行動力です……!」
「いやそれほどでも」