見出し画像

方言研究者・橘正一宛の方言調査カード

 紹介が遅くなってしまったが、今年の夏ごろに入手した方言研究者・橘正一が各地位の同好者・研究者に方言調査のために出して彼らが橘に返信した方言調査カード(という形式の葉書)を取り上げたい。橘に関しては、拙noteの以下の記事や拙稿「方言・民俗研究者・橘正一の発行していた『化け物研究』あらため『民間信仰』について」(『草の根研究会会誌』第1号、2023年)で言及したことがある。

 橘は全国の方言を蒐集していたが、今回私が入手した方言調査カードは雑炊、朝食、昼食、夕食、午前の間食、午後の間食の各地域の方言を質問したものである。以下の人物が橘の調査に協力している。なお、住所は必要に応じてかっこで補った。

1 岡山県上道郡芳野村大字西庄 松島毅
2 静岡県浜名郡曳馬村 飯尾哲爾
3 愛知県東春日井郡小牧町 今枝清胤
4 和歌山県那賀郡田中村打田 與田左門
5 宮崎県宮崎市神宮町六八八 日野巌(郷土会)
6 熊本県阿蘇郡長陽村下野 上村茂久
7 対馬比田勝 島居傳
8 愛媛県周桑郡徳田村徳能 黒河健一
9 山口県柳井町 森田道雄
10 愛知県起町 加賀紫水
11 (東京府)東京浅草 宮尾しげを
12 (東京府)八王子市 清水庫之祐
13 神奈川県津久井郡内郷村 鈴木重光
14 山梨県東山梨郡岡部村 飯田秀雄
15 兵庫県赤穂郡坂越村 佐方渚果
16 山形県北村山郡東郷村泉郷 齋藤義七郎
17 埼玉県入間郡宗岡村 池ノ内好次郎
18 (福島県)相馬郡中村町 新妻三男
19 福島県東白川郡棚倉町 武藤要
20 山形県東村山郡長崎町 石澤健夫
21 (岩手県)紫波郡赤沢村 松本之盛
22 東京府南多摩郡元八王子村 村田鈴成
23 岩手県九戸郡久慈町 嵯峨勇三郎

 番号は整理のために橘によって付けられたと思われる。橘の調査に協力した同好者・研究者は以下の記事で紹介した加賀紫水の『土の香』や杉山正世の『愛媛県周桑郡郷土研究彙報』などでも目にすることが多いのが興味深い。当時の方言研究ネットワークを橘が活用した形になるだろう。以下に彼らの葉書の例を写真で掲載しておきたい。

日野巌の葉書
宮尾しげをの葉書
飯尾哲爾の葉書(表)
飯尾哲爾の葉書(裏)
松島毅の葉書
びっしりと情報が書き込めれている。

 この調査は橘や他の研究者によって活用されている。橘が発行していた雑誌『方言と土俗』第2巻第10号(1932年2月)には、薮重孝「間食方言研究資料」が掲載されている。この文章は全国の間食の方言を紹介・比較したものであるが、薮は「本稿を草するに当り、本誌主幹橘正一氏御蒐集の資料及び橘氏より諸家に致されたる調査カードを多数拝借することの出来たのは、誠に幸なことで、貧弱なる拙者の蒐集は、これが為に見好くなったことを喜びたいと共に、橘氏及諸氏に感謝する」と御礼を述べている。ここで薮が「調査カード」と呼んでいるのが今回紹介した葉書であろう。橘も同じ号に「間食方言考」を投稿しており、この論考の中にも生かされている。

 興味深いのは、今回紹介した葉書以外にも方言調査カードがあったらしいことである。藪の文章には橘が提供した情報には「(タ)」と振られているが、この中には上述した地域以外の方言も含まれている。以下にその地域と協力したと私が推測した人物を分かる範囲で記載しておきたい。

長野県諏訪郡
愛知県東春日井郡勝川町 今枝清胤
山梨県北巨摩郡 中村協平
富山県下新川郡入善町 大田栄太郎もしくは金森久二
富山県上新川郡中央 大田栄太郎もしくは金森久二
宮崎県宮崎郡住吉村 日野巌もしくは小川新一
神奈川県津久井郡日連(蓮?)村(ママ) 鈴木重光
山梨県北都留郡
岡山県上道郡芳野村 松島毅
岡山県上道郡芳野村 松島毅
沼津市在
茨城県那珂郡湊町 堀川秀雄
神奈川県津久井郡日連村 鈴木重光
西三河
因幡伯耆
美濃国能美郡
青森県南部領
新潟県佐渡郡小木町 青柳秀雄
三重県度会郡
福島県大沼郡 鐸木巖
岐阜県益田郡
徳島県明東郡
佐賀県
奈良県北葛城郡五位堂村 澤田四郎作
奈良県香久山村
伊予宇和島
千葉県夷隅郡
宮崎県宮崎郡住吉村 日野巌もしくは小川新一
島根県邑智郡市山村
奈良県北葛城郡五位堂村 澤田四郎作
愛知県東春日井郡勝川町 今枝清胤
愛知県知多郡河和町 鈴木規夫

 藪の文章中で引用されている方言調査カードがすべてかどうかはわからないが、橘の調査に協力した同好者・研究者が各地域におり、気軽に調査に協力するネットワークが形成されていたのが当時の方言研究の特徴であろう。

よろしければサポートをよろしくお願いいたします。サポートは、研究や調査を進める際に必要な資料、書籍、論文の購入費用にさせていただきます。