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南方熊楠『十二支考』についてのメモ③—挿話の重複

 以下の記事で紹介したように最近南方熊楠『十二支考』を読み進めている。『十二支考』には様々な話が登場するが、これらは「さるに関する伝説」で南方は「猴を馬厩うまやつなぐ事については柳田君の『山島民譚集』に詳説あり、重複をいといここにはかの書に見えぬ事のみなるべく出そう。」と述べており、話の重複を気にしていたように思われる。それは『十二支考』内でも同じことであろう。私はこのように考えていたが、先日『十二支考』を読み進めている際に重複している話が出てくることに気が付いたので以下に紹介したい。まずは「猪に関する民俗と伝説」から引用する。

『中阿含経』一六にいわく、大猪、五百猪の王となって嶮難道を行く、道中で虎に逢い考えたは、虎と闘わば必ず殺さるべし。もし畏れ走らば諸の猪が我を侮らん。何とかこの難を脱したいとおもうて虎に語る。汝我と闘わんと欲せば共に闘うべし。しからずんば我に道を借して過ぎしめよと。虎曰く共に闘うべし、汝に道を借さずと。猪また語るらく、虎汝暫く待て、我れ我が祖父伝来の鎧をけ来って戦うべしという。虎心中に、猪は我敵にあらず、祖父の鎧をたって何ほどの事かあらんとおもい、勝手にしろというと、猪還って便所に至り身を糞中に転がし、眼まで塗り付け、虎に向って汝闘わんとならば闘うべし。しからずば我に道を借せという。虎これを見て我常に牙を惜しんで雑小虫をすら食わず。いわんやこの臭猪に近付くべけんやと、すなわち猪に語って、我汝に道を借す、汝と闘わじという。猪過ぐるを得て虎を顧みて曰く、虎汝四足あり、我また四足あり、汝来って共に闘え、何を以て怖れて走ると。虎答えていわく、汝毛ちて森々しんしんたり、諸畜中下極たり、猪汝速やかに去るべし、糞臭堪ゆべからずと。猪自ら誇って曰く、摩竭と鴦の二国、我汝とともに闘うを聞かん、汝来って我と戦え、何を以て怖れて走る。虎答う、身を挙げて毛皆汚し、猪汝が臭我を薫ず、汝闘うて勝ちを求めんと欲せば、我今汝に勝ちを与えんと。

 虎と猪が対峙した際に猪が臭いにおいをまとって虎と戦おうとして、そのにおいを虎が嫌がって道を譲ったという話である。この話は「虎に関する史話と伝説民俗」にも引用されている。

『中阿含経』十六に大猪おおぶた五百猪に王たり嶮難道を行くうち虎に逢う、虎と闘わば必定ひつじょう殺されん闘わねば子分輩に笑われんいかにすべきとおもうて、虎我と闘わんと欲せば闘えしからざれば我に道を借せと言うと虎どもは闘うべし道は借さぬと答う、猪余儀なく虎しばらとどまり待て我祖父の鎧を来って戦うべしとて便所に至り宛転ころがりて糞を目まで塗り往きて虎に向うと、虎大いに閉口し我まさに雑小虫を食わざるは牙を惜しめばなり、いわんやこの臭き猪に近づくべけんやと念いて猪に道を借すべし闘うを欲せずと言う、猪往き過ぎ顧みて虎を嘲り、〈汝四足あり我もまた四足あり、汝来り共に闘え、何の意か怖れて走る〉と呼ばわると、虎答えて曰く<汝毛竪たちて森々たり、諸畜中に下極まる、猪汝速やかに去るべし、糞臭堪うべからず>(後略)

 南方の記述は異なっているが、話の内容は同じである。この話の重複は何を意味しているのだろうか。話のネタ切れというわけではないだろう。

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