教室を飛び出して無印良品のお店へ。三石中学校の生徒によるデザインとSDGsの学びから生まれたイノベーションの物語。
1. お店に飾られる中学生の作品
2024年6月28日、岡山市の無印良品岡山表町商店街(下之町)に、備前市立三石中学校の生徒たちが作ったオリジナルデザインのイラストが登場します。
このイラストには、小さな絵がたくさん描かれて、1つのマグカップをかたどっています。これらの絵は、それぞれ中学校の生徒が描いたもので、一つひとつに意味が込められているのです。
この記事では、このデザインが誕生し、お店に登場することになった背景を紹介します。
2. 生徒数32名。「つながりを大切にする中学校」
瀬戸内海に面した岡山県備前市にある三石中学校は、全校生徒32名の小さな学校です。この地域は明治時代に発見されたろう石という石の有用性によって、鉄を溶かす溶鉱炉の材料である耐火煉瓦の産業が栄えました。石の産出は減少しましたが、現在も全国有数の煉瓦づくりの町として知られています。
また、岡山県備前市は、日本の六古窯である伝統工芸・備前焼の産地でもあり、やきもの産業に深く関わっています。
かつては多くの生徒が在籍していた三石中学校も、少子化を背景に30年前には139名、10年前には51名と生徒数が減少していますが、学校は地域とのつながりをとても大切にしています。毎年夏には、三石中学校を舞台にして、地元で有名なキャンドルナイトとともに地域の企業と住民が一体となった盛大な夏祭りが開催されます。
3. 大学生による「共同授業」岡山理科大学の学生が見つけた地域のSDGs
2023年から2024年にかけて、岡山理科大学経営学部経営学科と三石中学校は、地域のSDGs(持続可能な開発目標)を学ぶ共同授業を開催しました。
この授業を進行したのは、岡山理科大学の先生と大学生たちです。大学生たちは地域の産業やSDGsにまつわる活動をリサーチし、廃棄される陶器をリサイクルするメーカー「株式会社the continue.」を見つけました。この会社では、廃棄される備前焼を回収し、マグカップなどにリサイクルをしていました。
大学からメーカーへ、備前焼リサイクルの活動を授業の題材として取り上げ、成果物としてパッケージに使うデザインの制作活動をしたいという連絡をしたところ
「授業の題材にしていただくことは光栄です。でも、成果物を会社が採用できるかどうかは、必ずしも約束できません。そのかわり、ご協力できることはさせていただきます。」
との回答がありました。大学のチームは経営を専門にしているため、SDGsと企業活動のつながりを学びたいと考えていました。そこで、環境やリサイクルだけでなく、それを商品化して販売することを題材にして授業を行い、最終的にメーカーへ提案するデザインを制作するという授業を企画しました。
4. 中学生が学んだのは、SDGsと産業、経営。厳しい課題と向き合う子どもたち。
授業は、学びと制作活動を行いました。学びは2つの段階で進められました。
まず、地域伝統工芸である備前焼について学び、その課題として陶器ごみの問題を取り上げました。陶器ごみは燃えないため埋め立て処分となり、リサイクル率も低いことが問題です。また、ごみにまつわる経済やコストについても学びました。ごみ全体の処分費は国家予算の約2%を占め、人口減少が進む備前市では、ごみ問題をはじめとしたインフラ維持の予算が厳しくなる可能性があるという厳しい現実にも向き合いました。
次に、地域産業の特性を生かした備前焼リサイクルの取り組みや販売活動について学びました。地域の煉瓦産業がもつ粉砕やリサイクルの技術を備前焼の再生に生かしたこと、リサイクルをしても商品を買ってくれる人がいないと資金が続かず、資源循環が成立しないという問題があることも知りました。
生徒たちは、ごみを資源に変えるには、地域や企業が技術を発揮する必要があること、買ってもらえる商品作りにはデザインやPRなど、クリエイティブの力が必要であることを学びました。
5. 私たちにできること「伝える」~学びを経た中学校クリエイターたちの成果~
授業では、学びをもとに、生徒たち一人ひとりが貢献できることを考えました。「伝える」という役割があると考え、授業の締めくくりとして、備前焼のリサイクル活動を伝えるためのデザイン制作が行われました。
制作は、一人ひとりが考えるSDGsをイラストにしていく作業でしたが、単にイラストを描くだけではありませんでした。
制作にあたっては、まずデザインの重要性について学び、様々な有名ブランドのロゴを見て「一目でメッセージが伝わるもの」という基本を学びました。
次に、生徒たちは、デザインの背景となる地域の伝統やリサイクルを学びました。
さらに、言語化と分析の作業も行い、SDGsのグループワークで浮かび上がったキーワードをデジタル分析することで、より現実的で精度の高いデザインのヒントを探しました。
こうしたプロセスを経て描いた絵を組み合わせ、仕上げの段階では岡山理科大学も参加して、再生備前の商品であるマグカップの形にまとめました。
6. 「学生の作品というだけでは採用できない」期待していなかったthe continue.
三石中学校のデザインは、成果発表会の直前、岡山理科大学の先生を通じて、備前焼リサイクルのメーカーであるthe continue.へ、マグカップをかたどったオリジナルイラストが描かれたステッカーという形で報告されました。パッケージそのものを制作するという案もありましたが、パッケージの金型から作るには、費用もかかってしまいます。そこで、授業の予算で制作できるステッカーを成果物としたのです。
当初、メーカーからは「成果物を会社が採用できるかどうかは、必ずしも約束できない」と言われていました。
この時も、生徒たちが作ったデザインが、販売活動の中でどのように使用できるか、できないかは、返事を待つだけでした。
報告の数日後、the continue.からは、前向きな回答が戻ってきました。
「素晴らしいイラストデザインに驚いています。具体的な出口は決まっていませんが、再生備前のRI-COというブランドで正式に採用したいと思います。このデザインを私たちは素敵だと思いますが、お客様がどう感じて下さるか?チャレンジの舞台を探してみましょう!」
後に、the continue.社長の牧さんはこう言いました。
「正直なところ、学生さんが授業で作ったデザインを採用するというのは、難しいだろうという気持ちもあった。なぜなら、プロのデザイナーに依頼をしても、理屈抜きに素敵だと思えるデザインに出会えるとは限らない。だから今回、生徒さんが一目見て素敵だと思えるデザインを授業の時間で仕上げたことは、驚きというより感動している。」
「こうやって、これまで関わりのなかった大学生や、地域の中学校とつながり、私たちのリサイクル活動を題材に成果を出してくれている。それなら、私たちも元気出して頑張ろうではないか、という前向きな勇気が会社の中で沸いてくる。」
こうして、地域のリサイクルに興味をもったことで始まった学生たちの取組みが、今度は、リサイクルを行っている企業の心と行動を動かすことになりました。
7. 教室を飛び出して社会と「つながる」~お店という場所にこだわった理由~
成果発表会は、備前焼リサイクルのメーカーthe continue.の社長と社員も参加して、中学校の教室で開催されました。
岡山理科大学と三石中学からは、成果物であるデザインの紹介とともに、授業のダイジェストや感想の発表がありました。
メーカーからは、「岡山市内の無印良品表町商店街(下之町)で、マグカップのイラスト展示と、ステッカー入りの商品販売をできそうです。」という報告がありました。
事前に先生を通じて予告をしていたので、「事前に聞いたから、もう近くの店舗に行ったよ!」という生徒もいました。
実は、the continue.には、展示場所などを借りて行うお披露目展示ではなく、実際のお店という舞台にこの成果物を出したい、という思いがありました。
その理由は、生徒たちが、商品を市場で伝えるために、このデザインやステッカーを制作したからだ、と社長の牧さんは言います。
「私たちは、企業としてきちんと検討して採用することを決めました。このデザインを市場に提案し、お客様に届ける責任があると思っています。出してみて初めて、お客様とつながり、それが次の学びになる。生徒の皆さんにも、市場の反響という経験をしてもらいたいと思い、販売店さんに出向いて学生のデザインを使った商品と販促ツールを提案しました。」
「幸いにも、既に再生備前の商品の取り扱いをしていた無印良品のお店で、生徒たちの作ったデザインを利用できることになりました。
生徒たちの成果を本物の市場という舞台に送り出すことで、お店に自分のデザインが並ぶ緊張感、それが販売に貢献しているかどうかを考える経験して、将来に役立てて欲しいと考えています。」
8. 「イノベーションはどうやって生まれるのか?」
ごみや地球温暖化、少子高齢化、地方経済の問題は、子どもたちが直面する避けがたい課題です。技術や意識改革だけではなく、お金の問題とも調和する必要があります。
この課題を解決するために、社会の中では「イノベーションを起こそう」ということが言われ、一般的には技術革新、ビジネスモデルの革新、生産方法、組織や仕組みの革新などがあるとされています。
今回の取り組みは、自然な形で発生したイノベーションだと感じると牧さんは言います。
「今回は、学校からの企画で、教育、環境、伝統、経済、デザインという広い領域をまたぐ取組みとなりました。メンバーも中学生から企業まで多様性に富んでいる。デザインアイデアの出し方もこれまでとは違った視点でした。取り組みが成果物として目に見える形となり、企業で採用しよう、市場に提案する責任があると気持ちが変わっていく中で、“もしかして、こういうことをイノベーションというのかな”と気づきました。」
「“イノベーションはどうやって生まれるのか?”という問いの答えを探して、私たちは研修を受けたり、ノウハウを探したりしています。しかし、実際体験すると、期待せず諦めているようなところで偶然が重なるように何かが生まれてきました。イノベーションはどうやったら生まれるのか?という明確な答えは見つかっていないのですが、感覚として得たものを書き残しておくとしたら、“まだ顕在化していないけど、皆が感じていた共通の不安や希望のようなもの”が物事を動かしている。あと、“新しい出会いや、組み合わせ”が重要だと感じます。」
「教室から飛び出した成果は、これから市場の中でチャレンジをして、失敗も経験しながら磨かれる。何年か後に大人になった生徒たちがどこかで“あの日こんな風にスタートしたね”と言える日が来る。そんな未来を想像すると幸せで、つなげていきたいと頑張れるんです。」
灯台もと暗し、という言葉もあります。私たちが探しているものの答えは、私たち自身が気が付いていないだけで、すぐ側に隠れているのかも知れません。
9. 教室を飛び出して最初の舞台へ
この取り組みの最初のお披露目は、下記の店頭で開催されます。
教室で生まれたデザインは、ここから社会とつながっていきます。お近くの方はぜひ見に来てください!
日 時: 2024年6月28日(金)~9月1日 (日)
11時~19時(最終日は18時まで)
※6月30日(日)は、上記の店舗前で開催される「つながる市」のブースでも展示がが行われます。
※パネル展は前期・後期に分けて開催
前期2024年6月28日(金)~2024年7月31日(水)
後期2024年8月1日(木)~2024年9月1日(日)
場 所: 無印良品岡山表町(下之町)
岡山県岡山市北区表町2-2-7-1
内 容: RI-CO再生備前マグカップ(オリジナルステッカー付)の販売
三石中学校の生徒デザインのマグカップイラストと原案の展示