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全国の名物書店を巡るロードムービー 篠原哲雄監督の自主レーベル作『本を綴る』

栃木、京都、高松の個性派書店&図書館が登場


 流行ばかり追いかけていると、大切なものを見失ってしまう。時代に抗うことはできないと言うけれど、ずっと残ってほしいものがある。それは町の本屋さんだ。自分が暮らす町から書店が消えてしまうのは寂しい。喫茶店や映画館もそうだが、地域の文化拠点はいつまでも賑わっていてほしい。

 とは言ってもやはり現実は厳しく、1990年代の終わりには2万3000店あった書店が、2020年には1万1024店と半減している。書店が一店舗もない自治体も増えているという。そんな中、『深呼吸の必要』(04年)や『犬部!』(21年)といったハートウォーミングな作品で知られる篠原哲雄監督が手掛けたのが、YouTubeで無料配信されたオリジナルドラマ『本を贈る』(22年)だった。都内の書店で働く人々がアイデアを出し合い、自分たちが大好きな本をお客さんたちに届けようという物語だ。このドラマが配信されたところ、「全国には素敵な本屋はまだまだある!」と言う声が寄せられたそうだ。

 そうした声に応え、『本を贈る』の脚本を担当した千勝一凜と篠原監督が再びタッグを組んだのが劇場映画『本を綴る』。主人公となる作家の一ノ関を『本を贈る』に続いて演じるのは、名バイプレイヤーとして活躍する矢柴俊博。今回は栃木、京都、香川、そして東京の神保町と、各地の名物書店や図書館など、本のある場所、本好きな人たちが集まる場所を回るロードムービーとなっている。篠原監督立ち上げた自主レーベル「ストラーユ」の第1回作品だ。

地元栃木出身の石川恋が図書館の司書! 利用者が殺到しそうだ

是枝監督が本好きになったきっかけ

 旅する作家・一ノ関が最初に訪ねるのは、栃木県塩原市にある図書館「みるる」。それまで地元の人々がたまる場所は、コンビニか公園くらいしかなかったところ、2020年に「みるる」ができ、本を借りるだけでなく、交流する場にもなっている。館内には椅子もあるが、利用者はどこにでも座って自由に本を楽しむことができるという寛ぎの空間だ。劇中では、プロの作家である一ノ関が本のコンシェルジュとなって、利用者のために「失恋したときに心の支えになってくれる本」などを選ぶことになる。

 図書館の司書を演じるのは、女優の宮本真希や石川恋。こんな魅力的な司書がいたら、利用者が殺到するだろう。「司書目当てで図書館に行くなんて不埒だ」と思う方もおられるだろうが、読書を親しむきっかけは広く、低くていいのではないだろうか。以前、是枝裕和監督を取材した際、小学校の図書室の先生が若くてきれいだったことから、その先生に会うために図書室に通い、勧められる本を次々と読破したことを笑いながら語ってくれた。本好きになったことから、シナリオライターを目指し、映画監督になったわけだ。本との出会いは、人生を大きく変える。

 図書館の司書・沙夜(宮本真希)に誘われ、一ノ関は森の中にある小さな書店「Bullock Books」に足を踏み入れる。なんともメルヘンチックなお店だ。ここで購入した古本に古い手紙が挟まっていたことから、一ノ関は京都へと向かう。手紙は相手に渡されることのなかったラブレターだった。使命感に駆られた一ノ関は、そのラブレターを相手に届けようとする。

一ノ関(矢柴俊博)は旅先で、花(遠藤久美子)と知り合う

京都ではマドンナと出会うことに

 京都で一ノ関を待っていたのは、世界の名書店にも選ばれたことのある恵文社一乗寺店。アカデミックな雰囲気に加え、本棚のレイアウトも素晴らしい。森見登美彦原作、湯浅政明監督の劇場アニメ『夜は短し歩けよ乙女』(17年)では京都三大古本まつりのひとつ「下鴨納涼古本まつり」が賑わう様子が描かれていたが、このお店もぜひ立ち寄ってみたい。

 一ノ関はラブレターを届けるため、京都でおばんざい屋を営む花(遠藤久美子)の店を訪ねる。一冊の本がきっかけで、いろんな縁が繋がっていく。和服がよく似合う花は、本作のマドンナ的な存在だ。演じる遠藤久美子は「マクドナルド」のCMでブレイクした10代の頃に比べ、すっかり大人の雰囲気が漂う女優になった。『男はつらいよ』の寅さんが全国を旅しながらマドンナたちと出会ったように、一ノ関の本を巡る旅も少しばかり艶やかなものになっていく。

 一ノ関の旅は続く。四国へと渡り、香川県高松市では移動図書館という文化が根付いていることを知る。移動図書館ながら本は思いのほか充実しており、離島はフェリーに乗って回るそうだ。バーと本屋を兼ねた「半空」というお店も登場する。また、『本を贈る』のマドンナだった岩佐美玖(米野真織)とも、高松の書店で再会する。そして、ノンフィクション小説『悲哀の廃村』がベストセラーとなって以降、小説が書けなくなっていた一ノ関は、とても大切な人と遭遇することにもなる。

恵文社一条寺店の店長役は、長谷川朝晴

「こんな素敵な本屋があるんだよ」と語りたくなる

 この映画で紹介される書店や図書館は、どれも実在するところ。女優でもあり、本作の脚本とプロデューサーを務めた千勝一凜が各地をリサーチして歩き、一ノ関が書店を巡り、さまざまな人たちと出会うことで、自分の居場所を見つけ、作家として再生していく姿を物語にまとめている。

 篠原監督作品では村上龍原作の『昭和歌謡大全集』(03年)のようなパンチの効いたものが個人的にはお気に入りなのだが、本作は低予算ムービーでもあり、かなり落ち着いた作品となっている。でも、この映画を観れば、誰かに「こんな素敵な本屋があるんだよ」と語りたくなるだろう。何よりも、その書店に行って、本を手に取ってみたくなるはずだ。書店関係者なら、経営のアイデアのインスピレーションが閃くかもしれない。

 みんな面白い本を、そして人との出会いを求めている。塩田武原作、吉田大八監督の『騙し絵の牙』(21年)が提示したように、これからの本屋はただ出版社から出された本を売るだけでなく、新しい時代に応じて役割を変えていくことになるのかもしれない。『本を綴る』がきっかけで、さらにユニークな本屋が誕生すれば面白い。作家・一ノ関にはさらなる旅を続けてもらおう。

各地の本屋を回り、作家の一ノ関は自分の居場所を見つけ出す

『本を綴る』
監督/篠原哲雄 脚本/千勝一凜 主題歌/ASKA「I feel so good」
出演/矢柴俊博、宮本真希、長谷川朝晴、加藤久雅、遠藤久美子、川岡大次郎、宗清万里子、石川恋、渡邊このみ、歌川貴賀志、市村亮、千勝一凛、福地千香子、渡辺一、森田朋依、及川規久子、米野真織、イブイシイ、岡村洋一、丈
配給/アークエンタテイメント 10月5日(土)より新宿K’s cinema、京成ローザ(10)ほか全国順次公開

(c)ストラーユ



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