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メニューにない商品

「メニューに無い商品を頼む奴ってさ」

「やっぱその話したいんすね」

「いや、思ってるより多いんだよ」

「僕はした事ないですけどね」

「俺もだよ、なんか嫌じゃん?」

「面倒な客って思われそうですもんね」

「それを頼んでさ、出来ないって言われたら気まずいとか思わないのかな?」

「出来ないって言われると思ってないんでしょうね」

「その心意気が嫌いなんだよ、俺は」

「作ってもらって当たり前精神すね」

「お店としてはさ、出来なくはないんだよ」

「例えばどんなのを言われるんですか?」

「エスプレッソとか、フラットホワイトとか、ロングブラックとか」

「あー、なるほど」

「でも、メニューには書いてないわけ」

「何で書かないんすか?」

「カフェラテの店だから」

「でも、だからこそエスプレッソを飲みたい人もいるんじゃないですか?」

「その発想も分からなくはないんだけど、いまいちピンときてなくてさ」

「寿司屋に行って玉を頼むのに近い感覚なんじゃないっすかね」

「俺さ、それも意味分かってないのよ」

「どこがですか?」

「お寿司屋さんは魚を食べてもらいたいと思ってるはずなの」

「人によるでしょうけど」

「いや、朝早くから仕入れに行って、旬があって、捌き方も学んでさ」

「そうですけど」

「あれだけの種類の魚を仕入れるんだぜ、そりゃ食べてほしいだろ」

「それはそうでしょうけど」

「なのにさ、玉を頼んで板前の腕前を見るってさ、お前は何様なんだって思うわけ」

「分からなくもないです」

「それがうちで言う所のエスプレッソなのよ」

「65点ですかね」

「だよな、分かるような分からないような話だろ」

「カフェラテの原材料の話なのに、玉と魚を持ち出されても」

「でもな、俺はエスプレッソとミルクが混ざった状態で飲んでほしいの」

「その気持ちは分かるんですけど、通はやはり素材だけを楽しみたいんじゃないですか?」

「寿司屋に行って刺し身を頼むか?」

「もう寿司屋の例えはいいですって」

「あとは、エスプレッソ用のデミタスカップを用意してないし、砂糖もないの」

「それは用意すればいいでしょ」

「何で飲んでほしくない商品の為に、俺が準備しなきゃいけないんだよ」

「お店ってそういうものでしょ」

「いや、違う。俺がラーメン屋ならお子様用の取り皿も用意しない」

「排他的っすね」

「違うんだよ。いつからそうなったんだよ。お客さんの為には嫌々でも全力で応えなければいけないって」

「まあ確かに」

「あれの前提はな、店主の優しさなんだよ」

「まあそうでしょうね」

「常連さんが子どもを連れてきたから取り皿を用意しよう。わさび抜きも作ろう。そういう話なんだよ」

「はい」

「なのにさ、取り皿があって当たり前、わさび抜きも当然のように作ってもらえる。これっておかしくない?」

「まあ」

「優しさが前提だったはずが、最低限のサービスだと勘違いしてんの」

「すみません」

「反省しろ」

「なんで僕が怒られてるんすか」

「関係性を築いてからなら対応してくれるはずだから」

「フラットホワイトとかロングブラックは何で駄目なんすか?」

「知らないから」

「いや、知ってるでしょ」

「いや、厳密には知らない。定義を答えられない」

「調べればいいじゃないですか」

「だからな、何でだよ」

「だって注文する人がいるんでしょ?」

「でもさ、うちはラテ屋だぜ」

「はい」

「どうしてもそれが飲みたいなら、それを出してる所に行くべきじゃない?」

「まぁ、はい」

「定義を教えてくれるなら作るかもしれないけど、注文する人も知らなかったりするからさ」

「まあそうでしょうね」

「それがまた火に油よ」

「ただせさえ沸点低いのに」

「自分で理解してない商品をかっこつけて頼むんじゃねー!」

「いや、他のお店で飲んだ時に美味しかっただけじゃないっすか?」

「それもそうか」

「とりあえず排他的な性格はこの仕事に向いてないっすね」

「俺、この仕事を18年してるんだぜ。人生の半分よ」

「あぁ、なんて無駄な事を」

「次の人生を考えるわ」

「排他的な性格を考慮してくださいね」

「ラーメン屋かな」

「二郎系なら向いてるかもしれませんね」

「俺ってそこまで偏屈なの?」

「まだ気づいてないんすか?」

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