[調達雑感] なぜ調達部門の地位は相対的に低いのか?
調達の仕事とは
昔、新卒でとある大手メーカーの調達部門に入って感じたこと。
それは「きっとこの仕事は自動化されて、いつか無くなる」だった。
調達の仕事の大半を占める業務はこうだ。
社内の購買システムに、設計部門から調達リクエストが来る。
リクエストには、サプライヤ名、納期、商品名、予算や数量、図面や仕様書といった必要な情報がすべて設計部門側でシステムに登録されており、調達側はそのとおりにサプライヤに依頼をかけて見積を取り、注文書を発行する。
そして多くの場合、何のトラブルもなく納期どおりに商品が納品される。
このシンプルな定型業務を、来る日も来る日も繰り返すのである。
たまに、新規海外サプライヤーの開拓といったイレギュラーなワクワクする業務が舞い込むこともあるが、基本的にはひたすらリクエストどおりに、正確に、早く事務処理をこなしていくのが調達の仕事だ。
こういった作業が得意な人もいるだろう。
でも、多くの人はやりがいを感じづらいのではないか。
私が調達した部材が世の中の人の役に立つものとして販売されていくんだ、という間接的なモチベーションはあるものの、出来レースの価格交渉で時間を浪費(だいたいサプライヤは交渉されることを前提に一次見積は少し高めに価格設定をしている)し、サプライヤと世間話はできるが、仕様の細かい話になると太刀打ちできなくなる文系の自分に嫌気がさし、モチベーションは下がる一方。
調達部門は、自分の頭で考えて動ける裁量がとても少なく、自ら付加価値を生み出すことが難しい。
設計部門の言われたとおりに、サプライヤに伝える伝書鳩。
これが、調達部門の発言力は弱くなり、地位が相対的に低くなってしまう理由なのではないか。
調達の存在意義=コストを下げることによって利益を増やすこと
じゃあ調達って何のためにあるのだろうか。
調達のミッションは非常にシンプルだ。
企業が必要とするモノ・サービスを適切な品質(Q)・価格(C)・納期(D)で調達することによって、コストを下げ、利益を増やすこと。
調達はコストセンターなので、直接的に売上に貢献することはできないが、利益=売上ーコストなので、調達部門は調達するモノ・サービスの原価を下げることで、利益を増やすことに貢献する。
売上を上げるよりも、コストを削減したほうが手っ取り早く利益を増やせる、とも言われる。
例えば、売上1,000億円、利益200億円(利益率20%)、コスト800億円の会社があったとしよう。
この会社が5%のコスト削減をすると、800億円×5%=40億円の利益が追加で出せる。売上はそのままで、利益が240億円に増えるのだ。
一方、コストと利益率はそのままで、売上を増やすことで240億円の利益を出そうとすると、1,200億円の売上げが必要になる。200億円分、追加でモノ・サービスを売らないといけないのだ。
ただ現実問題、こんなふうに5%のコスト削減ができるほど、調達部門に技術的な知識や交渉力といった武器があるわけではない。
お願い原低(注:サプライヤに何の交渉材料もなくただ値下げをお願いする交渉法)で大きな値下げは引き出せない。
ではどうすれば調達部門は伝書鳩から脱し、付加価値を生み出す攻めの組織になれるのだろうか?
攻めの調達に生まれ変わるには?
攻めの調達に生まれ変わるには、注文書を言われたとおりに発行するのを辞めて、付加価値を生む業務にシフトチェンジする必要がある。
では、調達にとっての付加価値って何だろう?
私は2通りあると考える。
本業であるコスト低減を、調達部門しか入手できない情報を使って行う
売上確保に貢献する
まず1つ目。本業であるコスト低減を、調達部門しか入手できない情報を使って行う
調達部門にしか入手できない情報。これは全社の調達の全体像だ。
大手製造業は、事業部やBUが縦割りに分かれていて、全社の調達(=社外へのお金の流れ)の全体像を把握することが結構難しい。
一つ一つの部材・サービスの仕様は、要求側のほうが情報優位性があるが、全社全体の傾向を把握できるのは調達部門しかいない。
関東のいくつかの事業所で同じものを買っているのに、価格がバラバラ、なんてことはざらにある。
全社で何をいくらでどのくらいの量購入しているのか、という情報は強力な交渉材料となる。
サプライヤへの交渉は、大きく2つに分けられる。
サプライヤーのマージンを削る交渉と、原価を削る交渉だ。
マージンを削る交渉は、バーゲニングパワーを活かした交渉が効く。
うちの部署だけでみると少ないですが、全社でみるとうちの会社は御社からこんなに沢山の量を買っています。
ちなみに他のメーカーはもっと安いです。(あらかじめいくつかの会社から見積もりを取っておく。)
それと比べると御社はまだまだ高いです。うちの会社は全社的にコスト管理が厳しくなっていて、このままだと他のメーカーに切り替えないといけなくなってしまうかもしれません。
大口取引を失ってしまうわけにはいかないから、取引先は値下げに応じざるを得ない。
もう一つは原価を削る交渉だ。
規模の経済を活かしたボリュームディスカウントと思ってもらってよい。
例えば大量生産ができるような部材の場合、ばらばらになった調達先を一つにまとめることで、アイテム一つ当たりの単価にかかる固定費を削減することができる。
この場合、サプライヤーが頑張ってマージンを削らなくても良い。
少量生産による無駄がなくなり原価が安くなるので、そのまま購入単価を下げることができるのだ。
このように、全社横ぐしで調達情報を把握することで、お願い原低ではなく、きちんと交渉材料を使ったロジカルな交渉ができるようになる。
ちなみにこの全社調達の情報をBIツールを用いてダッシュボード化しておけば、経営層への報告も簡単にできるようになる。
2つ目は売上確保への貢献。
調達として売上確保に貢献するためできること。それは機会損失を減らずことだ。
機会損失とは、本当はお客から需要があるのに、販売の機会を逃すことで、本来得られるはずの利益を失う「未来的な損失」のことだ。
例えば人気のラーメン屋さんで、小麦粉の納品が遅れたとしよう。ウクライナ戦争の影響で輸入小麦の量が制限されており、元通りに仕入ができるようになるのがいつか分からない。
明日分の小麦粉はあるが、あさって以降の小麦粉が足りなくなるかもしれない。そうなれば、本来売れるはずのラーメンが売れなくなるから、売上に大打撃だ。これが機会損失。
これを防ぐのが、調達の役割だ。
戦争や政治的な異変といった地政学リスクや災害、パンデミック、異常気象など、いつ何が起こるか分からない不確実性の高い世の中になっている。
これを頭文字を取ってVUCA(「Volatility」「Uncertainty」「Complexity」「Ambiguity」)の時代と呼んだりする。
このような世の中で、安定調達というミッションはとても重要である。とにかく生産を止めないよう、情報を絶えず収集し、いつものサプライヤに何かあれば、すぐに別のサプライヤから代替品を調達できるようにしておくことが大事だ。
そのためには、調達先の情報は同じフォーマット、同じ評価基準で一元管理すべきだ。システムを覗けば、自分の会社と付き合いのある調達先の住所や購入品、経営状況といった情報がすぐに分かるのが理想の状態だ。できれば、一次調達先だけでなく、その先の二次、三次、四次サプライヤのつながりの情報も把握しておきたい。
そうすれば、経営的に危ないサプライヤや被災して部品供給ができなくなったサプライヤをいち早く特定し、別のサプライヤへ切り替えるといった対応が迅速にできる。
こういったサプライヤ管理システムは様々な会社が提供している。
昨今企業として重要視されているESG対応もこのサプライヤ管理システムに任せることでリスクを回避できる。
例えば、サプライヤが児童労働をさせていないか?といった問題だ。某大企業がウイグルの工場で強制労働をさせているといったニュースが巷を沸かせたが、こういったニュースも売上が減るリスクを高める。
サプライヤの情報を網羅的に一元管理しておくことで、機会損失リスクを回避することができるのだ。
こうして、調達は要求部門の伝書鳩ではなく、自ら売上確保と利益向上に貢献できるようになるのである。
調達の仕事が無ければ、企業は存続できない
調達は、縁の下の力持ちともいえる仕事だ。
調達がいなければ企業は生産活動ができず、売上を立てることができない。
ただ、決められたルーチンワークをこなし、取引に偉そうにしているだけの調達パーソンはこれからの時代には必要ない。
ITの力を借りながら、利益貢献を目指し知力を働かすことのできる攻めの調達パーソンだけがプロの調達として重宝される時代が来るだろう。
サプライヤ管理は、紙やエクセルでは限界がある。
これからの調達パーソンには、大いにシステムの力を借りて、調達の地位を上げていってほしい。