機動戦士Gundam GQuuuuuuX ロング感想
前回のひとこと感想で「ニュータイプ過渡期の人たちが作ったガンダム」と評した。あれからずっとジークアクスのことばかり考えているが、とんでもないアニメだなぁという思いが膨れるばかり。
これまでのガンダムは基本「大人が子供を諭すための」アニメだったが、今回は「当事者が自分たちのために作った」アニメなのだ。
なぜ本作のスタッフを「ニュータイプ過渡期」と呼ぶのかと言うと、彼らがいち早く2020年代の我々が抱える普遍的問題に気付いたからである。
「閉塞からの解放」
人それぞれ思い当たる節が違うと思うが、現代人が共通で抱く問題はこれじゃないだろうか。
また前回のレビューで「令和でありながら戦うことを肯定している」とも記した。
近年、若者向けを謳った作品に「生きづらさに寄り添う」とか「逃げてもいいんだよ」といった言葉が氾濫しているが、正直この風潮に危機感を持っていたからだ。
疲れたら一時離脱する必要がある。しかし、生きている限り逃げてばかりではいられない。
「逃げてもいいんだよ」とうそぶく彼らは果たしてどこまで責任を取ってくれるのか?この甘言を真に受ける世界が来たら人類は滅ぶだろうと、つねづね焦燥感を抱いていた。
しかしジークアクスは、我々が現実と戦う意思を毅然と示してくれた。人を殺すのではなく、殻を破るために。
先日フレンドが言っていた言葉を引用したい。
ガンダムそのものをカッコいいけど血塗られた兵器ではなく、君を退屈から救いに来たヒーローに刷新したい(中略)意思があると思うんです
鳥肌が立った。僕らはガンダムを殺人兵器ではなくヒーローとして憧れていたのだ。
殺人兵器をヒーローに見立てるのは虚構だけの話ではない。地球のどこかで殺戮を繰り広げる兵器や銃に対し、自己拡張の象徴として我々は憧れを抱くことがある。
そして平和なとき、武器・兵器は実体ある「自己実現の柱」へ昇華し得るのだ。剣道やブルーインパルスがそうであったように。
『ガールズアンドパンツァー』の戦車道はあくまでエンタメ用の荒唐無稽であったが、今ガンダムはこの「自己実現のための兵器」という部分をさらにフォーカスしている。
憧れのヒーローを、僕らを救う真のヒーローにしたい。そんな我々の想いが今回のガンダムに込められているのだろう。
もっとも、それはジークアクス(機体)が完全な新品で「前科」を持たないスポーツ用マシンだった場合の話である。この先ジークアクスが十字架を背負うこともあり得るが。
ともあれ今回のジークアクス。「俺たちは戦う」という意思の旗印になってくれることを切に祈る。
―――
うーん、ビギニングは楽しかっけど、劇場でジークアクスの宇宙だけ浴びたい時にまた見なきゃいけないのは少ししんどい。
僕は荒唐無稽が好きなクチなので単品としては楽しめたが如何せんアクが強い……。
サプライズの圧が強すぎてみんなビックリしちゃってる。
肝心の本編まで議論しづらい空気が出来ているのはあまりよろしくない。
追記
ジークアクス本編の楽曲はFuture Bass風味で非常に令和な感じがGOOD。約10年前に生まれたジャンルらしいが、なぜか令和になってからアツくなってる気がする。閉塞感を忘れさせる透明感が大好き。