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牧野信一の作品群は面白い!

最近まで「破滅型の私小説家」だと聞いていたので、読むことを避けてきた作家であった。また、いつぞやのセンター試験(現・大学入学共通テスト)で出題され、多くの受験生を阿鼻叫喚の渦に巻き込んだことでも悪名高い。

ただ、牧野信一の作品は読んでみて本当に面白かった。洋の東西を問わない豊かな教養から、支離滅裂とも思える文章・台詞回しが繰り出される。少なくともバロウズのようなビート文学を読める人であれば、確実にハマるだろう。私はそのように感じている。冷静な地の文と狂気的な台詞回しとの温度差がクセになる。幻想小説を書いていた時期の牧野には、そのような魅力があった。

『酒盗人』を少し紹介!

ブログの執筆者が語ったところで、魅力は伝わらない。ここでは『酒盗人』という作品を紹介しよう。(ちなみに、牧野信一の作品の多くは青空文庫で読める。ありがたい。)

この『酒盗人』という話、「村の居酒屋の酒が切れたので、酒蔵まで赴いて、酒を強奪する」という筋立てになっている。登場人物は全員狂人ではないかと思われる。(『アウトレイジ』もびっくり!)彼らの台詞回しがそれほどまでに常軌を逸しているのだ。少しばかり引用してみよう。

「酒樽が二つや三つ空になつたと云つて、そんなに俺達の前で愁嘆するなんて、それぢやかえつて俺達の顔を潰すようなものぢやないか、はつはつは……うつふ、何といふ面白くもないナンセンス・ドラマであることよ。うつふ、うつふ……。
   羨君有酒能便酔うらやむきみがさけありてよくすなはちゑふことを
   羨君無銭能不憂うらやむきみがせんなくしてよくうれへざることを
  ………………
 ドリアンをけ、ドリアンを……」

牧野信一『地球儀』青空文庫

感動詞をふんだんに取り入れながら(つぶやきながら)、漢詩もどきを創り出す学者。ドリアンという馬を曳いて、酒蔵へ向かうように提案している場面である。引用は控えるが、同人がギリシア哲学について講義する部分は必見である。捧腹絶倒ホウフクゼットウ間違いナシ。

牧野信一作品に度々登場する変な呪文

センター試験国語で牧野信一の文章が出題されたときも、『地球儀』のある一節が注目された。

「スピンアトップ・スピンアトップ・スピンスピンスピン――回れよ独楽こまよ、回れよ回れ」と彼の母は続けた。

『地球儀』青空文庫

当時のセンター試験の盛り上がりを見て、このフレーズを一度に覚えてしまった方も多いのではないだろうか。牧野信一の凄さは、古代ギリシアと西洋言語の教養に基づいた、衝撃的なパンチラインにある。その強烈さ、鋭利さは現在でも錆びることはない。

『酒盗人』でも面白いフレーズが出てくる。

  ………………
  時は流れる
  いまはのきはに吾等は微笑わらはう
  Tattoo Tattoo !

『地球儀』青空文庫

この「Tattoo Tattoo!」の呪文で宙に浮いてしまうのである。

奇天烈な幻想小説として、唯一無二の地位にいるかと思われる牧野信一。この機に試してみてはいかがだろうか?

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