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『恋する星屑 BLSFアンソロジー』の話①

 今回は『恋する星屑 BLSFアンソロジー』(早川書房)について。前半はネタバレ無でどの作品が良かったかを、後半は木原音瀬「断」と尾上与一「テセウスを殺す」のネタバレ感想を語っていきたいと思います。(②では一穂ミチ「BL」と琴柱遥「風が吹く日を待っている」のネタバレ感想を考えています。)


 それでは早速いってみましょう!


『恋する星屑 BLSFアンソロジー』早川書房(ネタバレ無)

 小説10編、マンガ2編が収録されている、充実したアンソロジーでした! 白眉は木原このはら音瀬なりせ「断」。筒井康隆が書いてそうで書いてなさそうな設定の作品でした。(ネタバレするわけにはいかないので、気になる方はお読みになっていただくほかありません。すみません。)書きぶりはホラーみたいなのですが、読みながらどうしても笑ってしまいました。

 BLとしての強度を感じたのは、尾上与一「テセウスを殺す」。精神と精神がぶつかり合っていくエロティシズムを堪能できる、濃いサスペンスBLでした。『PSYCHO-PASS』みたいな世界観で、そうした作品を好んできた方なら、飲み込みやすいのではないかと思います。

 SFとして面白かったのは一穂ミチ「BL」琴柱遥「風が吹く日を待っている」の2作。
 一穂ミチ「BL」はある男性がBL好きの女性のために、世界そのものをBL化してしまうという物語。ここでいうBL化とは何か?、という話は、これからお読みになるみなさんのためにとっておこうと思います。
 琴柱遥「風が吹く日を待っている」は、現代の世界観にオメガバースを導入したらどうなるのか、というシミュレーション(あるいは人類学的なSF)として興味深く読みました。

 他の作品もおもしろいものが多かったです。


※※※



ここからはネタバレ有

 ここからはネタバレ有で語っていきたいと思う。です・ます調も疲れてきたので、ついでにだ・である調にしておく。です・ます調よりも、ちょっとキツめの口調になったけど、辛口批評をするつもりはない。(結果的にそうなっちゃったら、ごめんなさい。)

木原音瀬「断」

 白眉は木原音瀬「断」。精子が死滅する音が聴こえるようになった男性の話。(往年のpixivであったら”発想の勝利”というタグがついていたかもしれない。)その設定がバカバカしくて(もちろん誉め言葉)すごく筒井康隆っぽい。ただ、ホラーっぽい演出で書かれており、しかも精子の話だから、そうしたものに気持ち悪さを感じる人にはおススメしない。(これをネタバレ無の方で書けって話になるけど、この注意自体がある種のネタバレになりそうで、結局伝えなかった。)
 最終的にはパイプカット手術を行って、精子が出てこないようにすることで問題を解決する。そもそも断絶を決め込んでいる同性愛者の自分にとって、そのラストは痛快極まりなかった。朝井リョウ『生殖記』と一緒に読んでほしい。

尾上与一「テセウスを殺す」

 自分はBLの醍醐味を男同士の関係性のオリジナリティや強固さに見出している。そして、本アンソロジーの中で最も関係性が強かったのが、尾上与一「テセウスを殺す」。ここから説明が長くなる。心しておくれ。

 本作の世界では、人間の意識がさまざまなデータとして散らばっている。そして、それらのデータから精神を再現することができるようになっているので、身体と精神を分離できるようになっている。
 じゃあ、個人がなにかを決定するための主体をどう規定すんだよ?、という話になるんだけど、本作ではそれを『意志の中核テセウス』としている。
 身体を精神を分離できる以上、身体への攻撃によって殺人や死刑が成立することはない。殺人や死刑には『意志の中核』を壊すことが必要で、この『意志の中核』を壊すには、さまざまな故人のデータを集約したテセウス弾という銃弾を撃ち込む必要がある。

 本作で焦点が当てられているのは、デニスとトーリのカップリング。デニスもトーリも特殊部隊の隊員だ(といいつつも役割は警察官に近いし、もっと言えば『PSYCHO-PASS』の執行官に近い)。トーリは既にデニスと死に別れていて(銃撃事件によって殺されたようなもので)、その銃撃事件の犯人を追跡していく話が、レオという別の隊員の一人称視点で語られる。
 記憶に残ったのはやはり、トーリがデニスのテセウス弾をこめて自身のこめかみを撃つ場面。自身の『意志の中核テセウス』を想い人のテセウス弾で壊すというのは、精神と精神の究極的なぶつかり合いで、それがすごく官能的だった。

【続】


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水石鉄二(みずいし)
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