生と死が隣り合う芸術品! 「刀」の魅力に迫る!
さながら日本画の雲のよう──刃の表面に現れる複雑な模様にはそれぞれ個性があるのだという。これまで敷居が高く、日本刀に興味を持つことはなかったが、ちょっと教えてもらっただけで、その美しさにハマりそうだ。
いつものようにSNSをスクロールしていたら、日本刀を飾るショーケースを作っている人がいた。刀を飾るためにケースが必要なのだろうか。そういえば、日本人として生きてきたのに日本刀のことを全然知らない。刀について知りたい! とはいえいきなり刀剣店に行くのはハードルが高い。この方は刀の魅力を伝える活動もしていて、初心者にも優しく教えてくれそう!
世界で唯一の刀箱師に楽しみ方を聞いてみた!
展示ケースの中には本物の刀が!
世界で唯一だという「刀箱師(かたなケースし)」の名前は、中村圭佑さん。ショールーム兼作業場になっている部屋にお邪魔すると、さまざまな展示ケースが並んでいる。その中には刀が収められている。これ、全部本物だ。
「刀箱(かたなけーす)」とは、出来るだけ良い状態で刀を鑑賞出来るようにと中村さんが独自に考えて作った展示ケースのこと。
作業場の展示ケースの中には、現代刀匠(刀を作る職人)が製作した比較的新しい短刀や、鎌倉時代などの古い刀が飾られていた。初めて見る実物の刀に興味津々。そんなライターの様子に気づいてか、「ちょっと持ってみますか?」と気軽にケースを開け始める中村さん。
「え、刀ですよね。切れるんですよね……⁉」とビビりながら、実際に持たせてもらった。
日本刀を手に持って鑑賞するときの注意ポイント
刀を手に持って鑑賞する前に、マナーについて伺った。
まず、唾が飛ぶことでサビの原因になってしまうため喋りながら鑑賞することはNG。指紋がついたり、細かな傷がついたりする恐れがあるため、素手で持つのは柄(つか・持ち手)の部分のみとのこと。「服の繊維などは大丈夫ですか?」と聞くと、中村さんは「そこまで気にしなくて大丈夫です。そのように刀を大切に扱おうと敬意を持って鑑賞する姿勢が大切です」と、こころが軽くなる一言をくださった。
刀を指紋で汚さないように、利き手と反対の手に布を持ち、刃の反対側の棟(むね)の部分を支えながら、ケースから取り出された刀を持ってみる。想像以上にずっしりとしている。
表面に美しい刃文が浮かび上がる
「切先(きっさき)をライトの方に向けて、斜めにしてください。刃文が浮かび上がりますよ」という中村さんの言葉の通り、ライトに当てて見てみると、確かに波のようにも、雲のようにも見える複雑な模様が浮かび上がる。これは美しい……!
そもそも中村さんも、刀の美しさに魅了された愛好者の一人。詳しくは後述するが、好きすぎて刀箱を作る職人になってしまったのだそう。
「刀には、芸術的な美しさと、作られた当時の戦闘方法を反映した機能的な美しさが備わっています。美しさって一般的には、生(せい)を連想させるものですが、刀は本来人を殺(あや)めるための道具。生と死が隣り合う芸術品なんて他にはありません」
いにしえの武士の戦いの姿を、その機能美を通して伝えてくれる刀。たしかにロマンを感じてしまう……!
ふと、ずっと刀を持ったままだったことに気づいた。800g程度というが、長さもあるのでそれ以上に重く感じる。つい刀を持つ手が震えてしまう。でもその美しさから目を離せない……。これが虜(とりこ)になるということなのか。
鑑賞ポイントは「姿」「刃文」「地鉄」
ライターのような素人でも、実物を手に取って見ただけで実感する刀の美しさと存在感。さらに見どころが分かれば、もっと楽しめそうだ。中村さんに鑑賞のコツを聞いてみると、ポイントは「姿」「刃文」「地鉄」の3つだそう。
「姿」から大体の年代を知ることができる
「姿」は、刀の長さや反り具合などのこと。姿を見れば製作された大体の年代を知ることができるという。
例えば、騎馬戦がメインだった鎌倉時代以前の刀は、馬上で扱うため刀身が長く手元付近から大きく反っている。反っている事で馬上での抜刀がしやすくなり、脇を締めて駆け抜けざまに斬る時も自然と刃が相手の体を抜けるからだ。
やがて人対人の地上戦へと切り替わるにつれて刀身は短くなり、江戸時代になると反りも無くなっていった。さらに各時代で細かく姿は推移していて、だから刀の姿からある程度の年代が特定できるそう。年代ごとに刀を並べて、その姿を比べても面白そうだ。
デザイン的な要素も強い「刃文」
「刃文」は、刀の原料である玉鋼(たまはがね)を叩いて伸ばして刀の形にし(鍛錬)、土置きして焼き入れする際に出来る模様。刀を鑑賞するときに一番に目につく白っぽい波模様のことを指す。
中村さんによれば「平安時代など古い時代のものは真っすぐに見えるものがほとんどですが、鎌倉時代以降の福岡一文字の作などには、炎が燃えているような明らかに意図してデザインされた刃文もあります」とのこと。
いくつか刃文の違う刀を見せてもらったが、たしかに、まっすぐで落ち着いた模様もあれば、規則的な波を描くものもある。「もしかすると戦闘に向けて己の心を奮い立たせていた武士の姿を刃文に現わしていたのかもしれません。そう考えると趣があります」と、中村さんは言う。かっこいいものを持って戦いたいという想いは、今も昔も同じなのか。
「地鉄」から製鉄技術に想いを馳せる
3つ目の鑑賞ポイントは「地鉄」。これは、刃と棟の間の銀色に見える模様。中村さんいわく「鉄に混じっている不純物なども模様に反映されている可能性が高く、製鉄技術や作刀方法の2つが、時代によって地鉄の見え方が変わる要因と考えられます」。つまり地鉄は刀の製造過程を見せる芸術なのだ。
ライターは特にこの地鉄の美しさに魅了された。複雑な渦模様は日本画の雲のようだ。そして、刀それぞれに個性があり、地鉄の模様がほとんど見えないものもある。刀愛好家には地鉄好きも多く、中村さんの展示ケースには地鉄鑑賞モード(ライトが切り替わる)を備えたものもあり、好評を得ている。シンプルながら奥深い鑑賞ポイントだ。
いきなりハマりそうだが、それぞれの時代背景や名称を覚えるのは時間がかかりそうだなとちょっと尻込み。すると中村さんからはこんなありがたいお言葉が。「初めから勉強しようとは思わずに自分の中に生まれた感動を大切に、美術品として楽しんでほしいです。その先で知識は自然についてくると思います」
刀愛がヒシヒシと伝わってくる中村さんだが、なぜ刀箱師になったのだろうか。刀の美しさを際立たせる仕事に就くまでのストーリーを伺った。
(次回に続く)
クレジット
文:古澤椋子
編集:いからしひろき(きいてかく合同会社)
撮影:高野宏治
校正:月鈴子
取材協力:刀箱師 中村圭佑
制作協力:富士珈機
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