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短編小説「癒された夜の過ごし方」
冷たい風がビルの隙間を駆け抜ける中、リホは疲れた体を引きずるように自宅のドアを開けた。玄関に足を踏み入れると、寒さが彼女の肩をさらに重く感じさせた。
「さむ、ただいま…」
誰に言うでもなく、呟くように声を出す。室内はひんやりとしていて、急いでエアコンのリモコンを手に取る。スイッチを押すと、機械音と共に温かい風が部屋に広がり始めた。
彼女は冷蔵庫を開けた。休日に仕込んでおいた肉じゃがの材料が目に入る。じゃがいも、人参、玉ねぎ、牛肉…どれも切り揃えられ、タッパーに収まっている。電気圧力鍋に材料を放り込み、出汁と醤油、砂糖を加えると、蓋を閉めてスイッチを入れた。
「よし、これで後は待つだけ。」
自分に言い聞かせるように呟き、浴室に向かう。湯気が立ち込めるバスルームで、リホはお気に入りのキンモクセイーの香りの入浴剤を湯船に投入した。瞬く間に広がる優しい香り。湯気に包まれながら、彼女はゆっくりと湯船に身を沈めた。
「はぁぁ…あったかい」
肩までお湯に浸かり、じんわりと体が温まる感覚に安堵する。目を閉じると、今日あったことが少しずつ遠ざかっていく。上司の怒号や、締め切りに追われる焦燥感。そんなものは、この温かさの中で溶けてしまえばいい。30分ほど浸かり、体がぽかぽかに温まったところで浴室を出た。
バスタオルで髪を包みながら冷蔵庫を開けると、キンキンに冷えたビールの缶が目に入る。それを手に取り、プシュッと開けた時の音が心地よかった。ひと口飲むと、冷たさと共に心まで染み渡るようだった。
「体に染みるぅ、これだよね…。」
思わず微笑む。ビール片手にテレビをつけ、リビングのソファに腰を下ろす。お気に入りのお笑い番組の配信が始まったばかりだった。芸人たちの軽快なトークとテンポの良い掛け合いが、リホの疲れた心にじわじわと染みていく。
やがて、電気圧力鍋のタイマーが「ピピピ」と鳴り、肉じゃがが出来上がったことを告げる。キッチンに立ち、熱々の肉じゃがを小鉢によそってリビングに戻る。湯気が立ち上るそれをひと口食べると、甘辛い味付けと野菜の柔らかさが口の中に広がった。
「うん、美味しい。」
料理はあまり得意ではないが材料を切って調味料と一緒に鍋に入れるだけ。その間にお風呂に入れるのはありがたい。テレビ画面の中では芸人たちが爆笑を誘い、りほもつい声を上げて笑ってしまう。
「この時間が楽しみなのよ。」
つぶやきながら、彼女は肉じゃがを頬張り、ビールを飲む。体の芯まで温まっているおかげで、冷たいビールも心地よい。
気づけば、疲れはいつの間にかどこかへ消えていた。冬の寒ささえも、この部屋の中では関係ない。自分のためだけの、特別な時間。
「また明日も頑張ろう。」
明日の仕事も頑張れそうだ。