労働学生生活(4週目)sobreviviendo、プレゼン、後半の低空飛行と
月曜日
朝から大学へ。
修論のアドバイザー選びを今週中に済まさなければならない。
自分が希望する先生を10人選び、応募するようだ。
先週、大学からメールが届いた。
「このウェブサイトに登録し、ここから応募してください。今週中にサイトがきちんと作動するか確認しておくこと。問題がある人はテクニカルサポートまで」
金曜日、ウェブサイトのリンクをクリックする。
ログインができないじゃないか。
月曜日にテクニカルサポートのところへ行くことにした。
事前に予約をとっておいた。
パソコンをもって、部屋に向かう。
女性が1人、部屋にいた。
「あー、こっちこっち!あなた誰?」
「あ、12時に予約した唐草です」
指定のサイトにログインできないというと、パソコンを出してみろと言う。
日本語のスクリーンに驚く女性。
「あなた外国人だけど、スペイン語ちゃんと話すじゃないの」
私のこの幼稚園スペイン語は、発音だけはアンダルシア田舎に訛りまくっているので、数分間の会話だけだとまるでアンダルシア田舎出身の人のように思われることがときどきある。嬉しくもあるが、とんだ勘違いだ。その証拠に、仮定法やら接続法やらいろいろな文法を間違えたり無理やり使ったりしているうちに、あ、そうかそうか、そこまでできないのね、というのがばれる。私としては自分のハードルを下げるために、どんどんばらしていきたいところだ。
指定のユーザー名とパスワードを入れてもログインできないことがわかったらしい。
「もうね!こうなったら、奥の手を使って入れるようにしてあげる。その方が簡単だから!」
そんなことをしていいのかなと思いながらも、裏ルートを教えてくれたことに感謝する。
しかし、なぜか化学科の応募ページにつながってしまう。
「あれ、あなた専攻は化学?」
「いえ、人類学です」
「じゃあ、どうして化学しか出てこないの?!」
そんなことを言われても私にはどうすることもできない。
数分後、ようやく人類学専用の応募ページにたどりついたようだ。
無事にアクセスできることがわかり、お礼を言って外に出る。
その足で、火曜日の先生のチュートリアルに向かう。
この先生の部屋はすぐにわかった。
先日のK先生のチュートリアルを受けて、論文テーマのイメージが大体かたまってきている。
しかし、火曜日の先生(M先生とする)は私が提案したもう一つのアイディアに興味がある。
「こっちにしておきなさい。研究テーマはプラクティカルであることも大事よ。あなたのさっきのテーマは、かなりタブーじゃないの。そんなのどうやってフィールドワークをやるの」
そう言って、もう一つのテーマを勧められた。
ここ数日考えていることがある。
ヨーロッパの修士は1年であることが多い。スペインの大学もそうだ。しかし、20年ぶりに大学に戻って来た私にとっては、この1年間では自分の知りたいことが調べきれない。
M先生にそう言うと、博士課程の話になった。
奨学金を得られる方法を探すことが大事よ。博士課程は数年かかるから、経済的に自分をサポートできることが必要。
はあ、へえ、と返事をしていると、M先生が笑う。
最終的に、お前はまだ修士課程に入ったばっかりやないか、必須科目をまずちゃんとやること、そしてまた相談に来なさいということになった。
M先生は博士課程のなんとか委員を担当しているが、K先生は担当していないようだ。誰につくかも重要だからという話を聞き、ちょっともぞもぞするような感覚があった。
もぞもぞしたまま部屋を出る。
私が興味があるのはK先生とやるテーマ。
しかし、プラクティカルであることやこの先を考えるとM先生とやるテーマ。
いったんなかったことにして、スターバックスへ。
抹茶ラテを飲みながら宿題をやる。
今日は初めて自分の名前がレシートにちゃんと印字されてきた。
ここ二回は、微妙に違って惜しかったのだ。
さて、今日は月曜日。
私たちのグループに新しいメンバーが入った。
今日こそはプレゼンがあるだろうか。
先生を信用していない私は、栄養ドリンクを飲まなかった。パワーポーズもしなかった。
ロシオと少しだけ打ち合わせをし、教室に向かう。
プレゼンが万が一あったとしても、私たちのグループがまわってくるのは休憩時間の後だろう。だから、休憩中に栄養ドリンクを飲めばいい。
そんな風に思っていたら、先生がこう言った。
はい、各グループのプレゼンをしてもらいます。
全グループのプレゼンが終わったら、ディベートに入りますから。
まずは全グループ一気にプレゼンやってしまいましょう。
なんやと?
皆が慌て始める。
自分の手が少し冷たくなった気がした。
慌てて水筒の紅茶を飲む。
こうなったら、いやこうならなくてもどうにしたってやけくそじゃないか。
いってしまえ。
与えられた時間は各グループ5分きっかり。
前のグループの代表がよどみなくかっこいいプレゼンをしている。
はい、次のグループ。
先生が言う。
スカートをはいていた私は、やけくその大股仁王立ちになった。
「はい!唐草です!グループ〇です」
そう言った後、前置きとしてはじめた。
「始める前にひとつ!スペイン語は私の第三外国語でして、もしこいつ今何言うた?ということがあったら、遠慮なく言ってください。そういうことですので、ひとつよろしくお願いします」
くすくすと笑う声が聞こえる。
しかし、やけくその大股仁王立ちで話し出した私はそのまま走ることにした。
とにかく大きな声で。
メッセージが伝わりますように。
なるべくアンダルシアのジェスチャーを使い、アイコンタクトもとるようにし、遥か昔トーストマスターズを見学に行ったときに皆さんがやっていたような話し方を試みた。話しながら少し歩いてみたりもした。途中でHiperrealismo(イペルレアリスモ)という単語を言おうとして、イペルレアリスモの「レ」をバイクのエンジン音というか江戸っ子の話し方のように出さなければいけないところがなかなかエンジンがかからず2回ほどやり直した。そのほかにも難しい言葉を言うときに数回噛んだ。
話し終えた後、数秒間の静寂が訪れた。
失敗しただろうか。
メッセージが伝わったかもわからない。
まあでもいい。
初めてのスペイン語でのプレゼンだったことを考えれば上出来だ。
そう思って自分の席に帰ろうと歩き始めたとき、拍手とブラボーの声が聞こえた。
おそらく、その拍手は内容にというよりも、クラスで皆が初めてやるプレゼンで、誰も勝手がわからないところに外国人の私がグループ代表として出てきたことへの拍手だっただろうと思う。
やけくそは伝わったか。
その後、ディベートに移った。
ディベートへの参加が成績につくというこわいことを聞いている。
やけくそのままディベートに参加する。
名前を言ってから自分の意見を述べる方式らしい。
興奮しているので、文法がめちゃくちゃになる。
そのため、先生が何度か聞き返す。
え?なんて?
〇〇??S::A:@
え?!
〇あらうs」、あkらl!
あきらめない。
最終的に、クラスメートが助け船を出してくれ、先生は私の言いたいことを理解することができた。
最後のまとめのとき、先生が言った。
唐草の出した意見と提案、あれ面白かったわよね。その後に話した人たちの意見にも影響がみられたし、異なる方向からの話が聞けてよかったわ。
ふー!
休憩時間のとき、ロシオとカルロスがやってきた。
2人がよくやったと言ってくれたので、グループ評価を下げてはいけないと思っていた私はほっとした。
ブルボンのお菓子を配る。
「日本のお菓子!!」
「ブルボンって書いてある」
「マジパンとマグダレナに似てるわね。レモンの風味もあるわ!」
カルロスはちょうどバナナを食べていたところだったので、あとで大事に頂くといって持って帰った。
その後、ブルボンのお菓子を食べるカルロスの動画が送られてきた。
「これなんやめっちゃおいしいんやけど!日本万歳!いえーーーーい!!」
ああよかった。
ちょっとだけみんなの中に入れた気がした。
火曜日
妙に暖かい。
半袖のような気候に戸惑う。
今日はゆっくりだったが、宿題がだんだん追いつかなくなってきている。
授業に向かうと、M先生が言った。
「唐草、昨日のチュートリアルの話をみんなに聞かせたら!」
昨日チュートリアルにいったから、その後の進展を聞きたかったのかもしれない。
何にも進展ありませんよと言うと、M先生が笑う。
「唐草はねえ、考えるのが大好きなのよ」
名前を覚えてもらっていることに感謝し、お母さんみたいなM先生の授業を楽しむ。
しかし、私は結果的にK先生とのテーマで進めたいと思っている。ごめん、M先生。タブーと言われたら余計にやってみたくなった。
水曜日
なぜか体がとても疲れている。
月曜日のプレゼンのせいだろうか。いや違う、先週は3回も朝から夜まで大学にいたからだ。
本当は明日も明後日も午前中にチュートリアルやらカンフェレンスがあったが、行かないことにした。無理をしすぎてはいけない。
体からのSOSを感じ、午前中は家で休む。
大学に着いてボカディージョを食べる。
頭痛がし、薬を飲む。
「やあ」
隣からさわやかな声がふってきた。
私のとっておきの隠れ家でもある迷宮内のベンチにいることを、その男性は知っているようだ。ここ数回見かけたことがある。その人はいつも窓から鳥を見ている。ときどきこちらを不思議そうに見る。おそらく、お互いなんで君はそんなところにいるんだね、そしてそこで何をしているんだねと思っていたのかもしれない。
その結果としての「やあ」だったのか。
いずれにしても、ボカディージョにかぶりついていた私は、「やあ」と言おうとして、「むわー」としか言えず、さらに変な印象を残したかもしれない。ごめんよ。
休憩時間中に、クラスメートが私の住んでいる町について聞いてきた。
授業ではアルゼンチンから来た教授による講演があった。トピックがニッチで難しい内容だったため、途中から迷子になった。またレポートを書かねばならない。プレゼンスライドの要旨だけでもメモしておこうと必死に書いていたら、隣に座った先生が私のメモとICレコーダーをじっと見ていることに気がついた。顔をあげると、先生が微笑んだ。まあ、そういうことですので、と言いたい私の気持ちを察してくれたのかもしれない。
授業の途中で、なぜか私が日本とスペインの二重国籍であるという話が進んでいて、違うよと言いたかったのだが、議論が白熱していたため、めんどくさくなりそのままにしておいた。頭痛と疲れとアルゼンチンの人の講演で、私の頭はこれ以上機能しなかった。
行きも帰りも電車で寝てしまった。
木曜日と金曜日
疲れている。
水曜日は間違えて違うテキストを持ってきたことを思い出した。
ちょっと自分のことが心配になった。
金曜日の先生は、私が〇〇町から来ていることを知ると、ええ!と驚いた。
日本から来たよりも、〇〇町から来たことの方がインパクトが大きいのはなぜだろう。そして、そこにちょっとした笑いも入るのが〇〇町在住者としてはいささか不満でもある。
月曜日以降、今週は一度も発言をしなかった。
電車でもずっと寝ている。
水曜日の講演についての課題をしなければいけないが、内容がわかっていない。スペイン人のクラスメートに聞いたら、彼らもいまいちだったという。しかし、それでも彼らは何かしら書けるだろう。私はどうだろうか。一生懸命とったメモと録音を手元に考えこむ。
日本の会社の先輩からメッセージが届く。
先輩は何でもお見通し。タブーと言われている論文テーマの話をしたら、新聞の切り抜きを送ってくださった。関連のある記事だったからとのこと。偶然が続き、今一緒に仕事をしているメンターのような方からも、同じ内容の切り抜きが届いた。友人からは、長距離走なのだから少しゆっくりするようにとメッセージが届く。みんなあったかいなあ。
甘酒を飲んで休む。
土曜日
明日のグループミーティングに備え、作業をする。
大体はできた気がする。一日かかったが、ほっとする。
水曜の課題が進まない。
そもそも、講演を聞いてレビューし、そこからこのクラスの内容とどう関連付けていくか、文献も盛り込んで書くようにという課題自体が私にはハードルが高すぎることに気が付いた。しかも、内容が内容だ。考えることは好きだ。しかし、内容がわからなかったものについて考えをめぐらせることはできない。メモと録音を片手に2日間ぐらいかけたが、もうここでやめることにした。先生にメールを書く。
といったことを書いた。
先生は怒るかもしれないが、これが今の正直な気持ちだ。今回の課題については、自分のできることはやった。この修士課程に入るために必要なスペイン語の資格は有しているが、スペイン語だけでなく人類学の知識も含めいろいろなことが足りていない。
しかし、第三外国語の壁の高さと自分に足りない知識を嘆く暇はない。
次の課題にうつろう。
4週間目、体力的にも精神的にもちょっといっぱいいっぱい。
ここらあたりで少しブレーキをかけながら進もうと思う。
日曜日はグループミーティングがある。
ロシオとカルロスに元気をもらおう。
4週間目、お疲れさま私。
にゃー。
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