コミュニケーションの前提は「わかりあえないことから」!? -平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』
文章添削士がおすすめの本を紹介する「文章添削士が推す! 秋の推薦図書」シリーズ。
今回は、藤間香奈さんによる平田オリザ『わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か』の紹介記事をお届けします。
初めてこの本を読んだのは少し古く、今から8年も前です。仕事で講義をする機会があり、話の組み立てを考えていました。手に取った理由は、記憶に定かではないのですが、恐らく、著者がいわゆるコミュニケーション講師ではなく劇作家というところに、私の“少し視点を変えたい”センサーが反応したのでしょう。幸いそれは的中し、何度読み返しても、「コミュニケーションってそうだね、そうなんだよ、そうあるべきだよね、そう考えればいいね……」といくつもの「そう!」に出会い、コミュニケーションモヤモヤに見舞われる私をリセットしてくれます。
なかでも「コンテクスト(=その人が持つ話し言葉の個性)のずれ」というキーワードが発見でした。人種、年齢、性別、文化、歴史、教育など、その人が持つ背景により、相手が同じ言葉を使っても、必ずしも自分と同じ意味で使っていない場合があるということです。本の中では、列車で4人掛けの席で相席になった人に「旅行ですか?」と話しかけるかどうかの例を取り上げています。私はよほどのことがない限り話しかけません。日本人はそれが多数派です。一方で、話しかけないほうが失礼だという文化も世界には存在します。たった5文字の「旅行ですか?」ですが、言葉の重み、会話の趣旨もその人が持つ背景により変わります。
このことを知り、私は講義で、「職場でよく使われる『あさいち』とは何時のことですか?」と質問しました。そうすると、人種の違いどころか、同じ職場、同じ業種であっても微妙に時間が違うことがわかりました。同じ一つの言葉であっても、それを発した人と、受け取る人が別のイメージを思い浮かべながら会話が進み、そのずれが修正されないまま、会話が成立したことになっている場合もあるのです。出版当初よりも価値観が多様化する現在、わかってもらうためには努力が必要、でも完全にわかりあえるものではない、だからこそ、コミュニケーションを重ねることは大事なのです。「脱!言わなくてもわかるでしょ」に考え方を変える必要があります。同じ言葉を使うから「わかる」ではなく、そもそも「わかりあえないことから」コミュニケーションは始まる、そう考えると凹むことも少し減りました。
本書はこれ以外にも、コミュニケーションを考える視点を多数示唆してくれます。「その見方いいね!」。コミュニケーションのモヤモヤを解きほぐしながら、一緒に語れると嬉しいです。
(執筆者:藤間香奈)